第56話 旧広島市民球場跡地利用の私案
2010.11.22

旧広島市民球場

築後50年を経て、老朽化のため解体が決まった旧広島市民球場

欧州の街並み
人口20万人しかいないドイツ南西部の小都市フライブルクの街並み。路面電車で走る古いヨーロッパの町並みは、戦後に廃墟から復興された街並みだった。

ドイツフライブルクの街並み
フライブルク市内の小高い丘の上から見た市街地。使われる瓦の形状も条例で定められていて、美しい景観が市民によって守られている。

奈良の古い街並み(ジオラマ)
明治時代の奈良東大寺近くの街並み模型。なら奈良館のジオラマ展示を撮影。
日本中どこにでもあった瓦の街並みも、今は消えてしまっている。

広島市民にとって、大きな関心でありながら一向に結論が出ないプロジェクトがいくつかある。私の最近の大きな関心は事務所からすぐ近くでもある旧広島市民球場跡地利用だ。
すでに数多くの案が出ているが、誰もが納得できる案、共感を得られるプランにはなっていないようだ。

今春、欧州の視察をし、イギリスやドイツの街並みが、必ずしも中世から残っている古い街並みではないことを知った。戦争や大火災などで一旦廃墟になった街を、災害から立ち直った人々によって、昔の懐かしい街並みに再生されたというのだ。それは自分たちの子孫にも残したいノスタルジーを感じさせる昔の街並みが、再生する価値があると感じたからだ。
その街並みは市民にとっての大きな財産になっている。

今年の8月、日本テレビ系のドキュメント番組で『平和公園に眠る故郷 CGでよみがえる記憶の町』が、広島テレビの制作で放映された。

http://www.ntv.co.jp/document/back/201008.html

外国人に「公園に原爆が投下されたので人的被害が少なくて良かったですね」と言われたことをキッカケに、広島市在住の映像作家が戦前のこの周辺の町をCGで再生する決意を固めたのだ。

今は『平和記念公園』として知られるこの周辺も、昔から公園だった訳ではない。この町がどれほど広島でも賑わいのある町だったのか「原爆で奪ったものの大きさを知ってもらいたい」との想いが、記憶をCGという記録に残すことにつながった。
しかし残念ながら、CGは仮想空間の映像でしかない。

世界遺産の原爆ドームの周辺に、これ以上公園を整備することは、記憶を消していくことにしか繋がらない。むしろ、この地に昔賑わっていた街並みを再現するほうが、世界から広島を訪れた人々の記憶に残るだろう。幸い政府も木造住宅振興に力を入れ、公共建築物にも木造化の波が来ている。

広島県内の木材を使い、地元工務店・建設業者により最新技術で昔の街並みが再生されていく。そこには日本中どこの町でも見られるような、プレバブメーカーの家も、県外資本の大規模商業施設や外資のホテルもない。そこに出掛けなければ見ることの出来ない風景や街が広がるから、地元市民だけでなく国内や海外からもリピーターが来るのだ。

長崎のハウステンボスや倉敷のチボリ公園などは、地域の歴史文化や地元の生活とは連続性のないテーマパーク、つまり「仮想の町」だった。高い入場料も相まって、残念ながら継続したリピーターを得られなかった。最近出来た羽田空港国際ターミナルのように「江戸の街並みを模した商業施設」は、入場料は不要だが、一過性のものでしかない。誰もそのショッピングゾーンを将来にわたって残したい資産だとは思わないだろう。

広島市民がたる募金をしてまで守った、広島市民球場の跡地だからこそ、広島でしか見られない風景や街並みをつくりたい。幸い公有地であり、やろうと思えば昔の街並みを再現することも容易だ。外国人が広島を訪れた時、そこに原爆投下前の昭和初期の街並みを目にしたら、どれほど感動し、原爆投下がどれだけ罪深いことだったかも分かるだろう。

最近私は定期借地による街づくりを研究し、プロジェクトを進めている。土地の所有者によるしっかりとした住宅地経営が出来ることで、地主は土地を賃貸することでの収益を得て、街並みや風景を守り、入居者は土地の購入費負担なく、建物に費用を掛けることが可能だ。しっかりとした街づくりのマスタープランを作成し、ルールを明確にしておけば、美しい街並みは後世にもきちんと残される。土地所有者から借りている土地の上なので、入居者とはいえ、勝手に景観を変えることなどは出来ないのだ。もちろん建物の所有は、そこに住み、その街で商売をする個人や地元中小企業のもので、売買も自由だ。

大規模開発に、マンションディベロッパーや大手不動産開発業者の手を借りるという時代は終焉を迎えているような気がする。広島でも駅北口で大規模開発が行われ、マンションや商業施設、ホテルなどが出来たが、街の個性は感じられない。開発主体となったディベロッパー『ダイワシステム』は、民事再生法を申請し、グループ会社だった大手ハウスメーカーは救済せず切り捨てた。

行政が箱物を投資する時代でもない今、個人も含めた民間の住宅投資によって、街を再生していく時代が来ていると私は考えている。準防火地域に木造の旅館や大正ロマンを感じさせる洋館建の商店街が再生されてもいいだろう。新しい技術で耐火性能を高め、木造の可能性を広げることも、住宅業界の発展につながる。

また新しい街づくりの設計ルール基準を明確にし、平和都市広島にふさわしく、地球環境への負荷低減を意識したサスティナブル(持続可能)でエコロジーな新しい街並みを創って行きたい。出来るだけ自然のエネルギーを利用し、平和都市からさらに環境創造都市へ脱皮を遂げてもいいと思う。新しく建替えられる広島商工会議所からリバーフロントに向けて、瓦屋根の連続が美しく続き、広島唯一の地下街にも人の波が続いていく活気溢れる昭和初期の街並みが再現されるのだ。

そこには実際に広島の人々が住まい、昔の賑わいを取り戻して、世界各国の人々を呼び寄せるような、そんな跡地利用があってもよいと思う。原爆ドームと対比される賑わいの町が、市民から将来に残したいと感じる遺産になれば、観光の目玉だけでなく古い住民にも納得が得られるのではないだろうか。建設段階から建設後も、地元に大きな経済効果が見込めるだろう。
建設業だけでなく、林業から観光業まで好影響が及び、地元広島の中小企業にとってはオリンピック誘致よりもはるかに費用対効果の高いプロジェクトになると私は思う。

ダブルスネットワーク(株) 代表取締役 若本修治(中小企業診断士)


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