2018.8.20 第146話
「持ち家派」と「賃貸派」どちらも豊かになる国へ!
一般の週刊誌、ビジネス誌でも良く話題とされる「持ち家と賃貸のどちらがお得か?」という記事。ファイナンシャルプランナーや不動産コンサルタントなど、専門家と言われる人たちが、詳細なシミュレーション計算で比較し、結果的には「建てたい時が建て時!」という結論で終わることが多い。例えば70歳までだったら賃貸派がお得だが、長生きをしてしまえばそれが“逆転してしまう”といった、家賃やローン返済額の損得で計算できない『不確定な変動リスク』が、人生には数多く発生するからだ。
しかし、現実問題を分かりやすく説明すると、持ち家派は“その建物に住む権利を最長35年間の分割で支払う”というのが住宅ローンの返済金額となる。これは建売りでも分譲マンションでも、注文住宅や建替えであっても、構図としては一緒だ。支払い金額自体異なって、将来修繕費用や固定資産税などの支払いがあるとしても、住宅ローンの返済が終われば、月額負担は賃貸の家賃に比べてわずかだ。
賃貸住宅の家賃設定は?
一方で賃貸に住むということは、賃貸住宅のオーナーが負担した建築費を、入居者が家賃として月額支払っていくということ。土地活用による賃貸住宅への投資は「利回り」が重視され、一般的に“表面利回り10%”前後が投資の目安となる。入居募集や管理費、税金や金利支払いなどで“実質利回りが8%前後”というのが、地主が相続税対策としてアパート経営を判断する時のボーダーラインだ。ざっくりと計算すると「投資を10年程度で回収しなければ、事業のうまみがなく、空室のリスクを負いかねないという数字」で家賃設定がなされる。実際の建設費の借り入れが20年返済のアパートローンだとしても、家賃は10年で元が取れる計算で収支計画をはじいている。つまり“その部屋に住む権利を得るのに、オーナーが負担した建築費を10年分割で負担する”というのが家賃負担の相場だ。
仮に賃貸の家賃と、持ち家の住宅ローンの月額返済額が同程度だとすれば、事実上は家主に3倍以上の費用を払っていることになる。同じ賃貸住宅にローン期間と同じ35年間住めば、建築投資の3.5倍の支払いをするのも同然だ。このような日本の現状で「賃貸に住み続けたほうがお得だ!」と言えるだろうか?10年程度で建設費が回収できて、次第に老朽化が進んだとしても、よほど空室が増えない限り家賃を下げることもないだろうし、賃貸に住み続ける限り、オーナーの建設費を肩代わりするだけでなく、将来に亘って他人の生活費まで出しているのと同然だろう。
今、持ち家を取得しようとする人たちは、この低金利で「住宅ローンの返済を計算しても、今の家賃とそれほど変わらない」と購入を検討する。子供の成長で手狭になってくるという動機も多いことから、まず賃貸住宅よりも狭い住宅を取得することは考えられない。広さに比例して、月額の負担が多少増えても「持ち家のほうが、将来自分たちのものになる」と考えて、総予算を決めるのが一般的だ。賃貸に比べて土地代も含み、金利支払いの総額も決して小さくないものの、より広い家に住むことが出来て、断熱性能や防音性能は賃貸よりも高く、お隣の部屋への配慮は不要、ローンを支払い終えたら、その後は何十年住み続けようと負担は賃貸住宅ほど掛からないとしたら、計算上の損得以上に、特別の理由がない限り賃貸住宅に住み続けるメリットはなさそうだ。年金暮らしになって、高齢者世帯のみの入居者に賃貸住宅を貸す家主も限られ、その頃には住み替えの自由度は奪われる。高齢者施設に入るのも一定の資産が必要だから、賃貸暮らしはその覚悟と蓄えは欠かせない。
“評価損”が大きな日本の持ち家
ではなぜ「家は持たないほうがいい」という専門家がいるのかと言えば、フローでの月額支払いの損得よりも、ストックとして購入時の価値が将来続かないということが挙げられるだろう。つまり例えば土地に2千万円、建物にも2千万円掛けたとしても、今後土地価格は次第に下落し、建物自体は20年で価値がゼロだというのが日本の不動産の現状だからだ。トータル4千万円に固定資産税や維持・管理費の負担をして、結局数千万円の価値が失われるのなら、家を所有しても損をするだけという発想になる。
しかし貨幣価値としては大きく低下するものの、適切な維持をする限り、居住空間の効用は続き、生活する機能として賃貸住宅に劣ることはない。持ち家であれば、老朽化して手入れが行き届かなくても、固定資産税等の負担さえしておけば、他人から退去を迫られることもない。もちろん贈与や相続で将来実家を譲渡される人であれば賃貸でも十分だ。
このような日本の住宅事情が『新築偏重』となって、人口が減り空き家の増加にも関わらず、新築需要が続く要因になっている。しかし土地神話はとうの昔に終わったから、5年も住めばほぼ確実に不動産価値は下がり、海外のように売却をして住み替えようとしたら確実に「損が確定」する。結局、住宅ローンの残債よりも、売却金額が安いことがほとんどだから、家族構成が変化し、ライフステージもライフスタイルも変わった30年後も、同じ住宅に住まざるを得ないというのが日本の住宅事情だ。その根底には「評価損を確定したくない」という隠れた感情もあるだろう。その結果、同じ家に住み続け、同じ頃に入居した近隣の人たちも同じように齢を取り、街全体が高齢化していって子供たちの独立によって人口密度も減っていくというのが、家の老朽化や空き家の増加、エリアの人口減少と地域の衰退の悪循環を生み出している元凶だ。
“キャピタルゲイン”が得られる欧米の住宅
一方、欧米では20年以上同じ家に住むことのほうが「何か他人に言えない理由があるのだろうか?」というくらい、持ち家でも住み替えていくのが一般的だ。当然、子供たちが学校を卒業したら、部屋の用途や生活のパターンも変わり、年齢を重ねたら身体能力も変わってくるから、同じ家に住み続けるほうが非合理だろう。新居を取得する段階から、それは誰でも見通せる未来だから、将来高く売却できるかどうかで住宅取得を検討し、そのような大多数の消費者の目にも魅力を感じる住宅が、市場で流通しているのが欧米の住宅事情だ。その前提となるのが“買った時よりも売却時は高く売れる!”という「キャピタルゲイン」が得られるかどうかが住宅購入の動機であり、売却まで値段が下がらないよう入居者自身が意識をするから、魅力的な住環境が守られる。他人に高く買ってもらうのが目的だ。
だから、欧米には新築も中古も大きな差がなく『既存住宅市場』として、幅広い客層にも「買いたい」と思えるようなロケーションや価格のバリエーションが揃っている。個人で住宅を購入できる経済力を持った人たちは、住宅の資産価値向上によって、担保余力が高まり、豊かさを享受できるというのが先進国では健全な社会で、中間層でもお金を使う余裕が出来ている。土地神話の時代に、不動産の資産価値が上昇し、実質賃金よりも豊かに感じたバブル経済前後の日本が、まさに一時的ではあっても「計算上のキャピタルゲインの恩恵」でお金を使うことが出来たのと同様だ。
であれば、現状の日本では「持ち家と賃貸とどちらがお得か?」という議論は不毛で、どちらも損をしていて、このままでは国民の大多数が損を拡大して、貧困に向かい、日本全体が衰退していくという状況に陥っている。政治家やマスコミ、多くの学者もそのことに気づかないのが不思議でならないが、人口が減り始め土地需要が減退し始めた地方で、コンパクトシティ化や立地適正化計画の検討を始める今こそ、大転換の好機ではないだろうか?
今の富裕層がお金を増やして、庶民に恩恵がしたたり落ちる『トリクルダウン理論』よりも、一般の中間層に属する多くの国民が、豊かになってお金を使う不安をなくしていくことが、今の日本に必要な取り組みだろう。