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若本修治の住宅コラム

2011.9.10 第64話

室内の体感温度と、国内景気の体感温度。

よく「物価は経済の体温」という表現をされ、日本経済が立ち直るためには「デフレ克服」、つまり『物価の上昇』が欠かせないという論調がニュースでよく取上げられる。物価上昇率に目標数値を設ける『インフレターゲット』も、経済成長のためには「消費者物価を上げることが必要」だという主張に基づいて政財界を中心に叫ばれている。

 

しかし、我われ一般市民・消費者が、日々購入するモノやサービスの値段が上がっていくことを歓迎するだろうか?日本経済のためよりも、日々の暮らしのほうが大切ではないだろうか?しかも、すでに家の中には家電製品からファッションまでモノで溢れ、不要なものを捨てる『断捨離』や整理・収納がブームになっていて、よほど必要なものしかお金を使わない時代に突入している。

 

建築の話に戻ると、室内温度が同じ温度でも、壁や床などの室内の表面温度によって『体感温度』が異なるというのは良く知られた現象だ。真冬に大きな窓ガラスから冷気を感じると、たとえ室温が24℃あっても寒く感じる。仮にガラスの表面が8℃であれば、冷輻射によって体の熱が奪われ体感温度は室温とガラスの表面温度を足した平均値、つまり16℃くらいに感じるという。夏に関しても同様だ。

 

寒いからといって、エアコンで室内を暖めれば暖めるほど、窓まわりから「コールドドラフト」が発生し、足元は寒くなる。天井付近の温度と床面の温度差が広がり、例え室温が20℃を超えていても、寒さは増すばかりだ。コンクリート打ち放しの建物などは、まさに壁全体が冷輻射となり、いくら暖房をしてもヒザが冷えてどうしようもない経験をした方も少なくないだろう。この暖房効果は景気刺激策で補助金や金利・税制優遇をして、成長を維持しようとしている日本経済と似ていないだろうか・・・?

 

人は、室温と比べて外部に面した部分(壁・開口部・床・天井など)が、少しだけ温度が高ければ、暖かさを感じ、体や心の動きも活発になる。だからエアコンなどの暖房器具で部屋を暖め続けるよりも、周辺温度が高くなるように断熱性能を増して、一番冷たくなる窓の下にヒーターを設置するか、太陽熱を取り入れて床に蓄熱させる「パッシブ方式」などのほうが省コストで効果が見込める。何より、継続的に大量のエネルギーを浪費する必要がない。

太陽熱で屋根のガルバリウム鋼板を熱くし、ファンで床下に送って基礎に蓄熱するソーラーコレクター。パッシブ方式で床下から輻射熱が得られる。

 

日本の景気も、今は体感温度が低い状態。ただでさえ雇用や収入に関して将来不安がある中で、財布のひもは固くなる一方。寒さが続くから服を着込んで寒さを防衛しているような状態だ。そこに、物価を上昇させようと、さまざまな成長戦略を施せば施すほど、断熱性能の低い住宅でエアコンをフル稼働させている状態になっていく。「物価」という『経済の体温』はさほど低くないのに、風邪を引きそうなくらい寒いのが、一般市民の感覚ではないだろうか?

 

体の周辺の室温を「給与所得」に、外部に面した表面温度を「資産(不動産・株式など)」と置き換えると、イメージが湧きやすい。例え給与所得が長期的に下がっていっても、一方で資産が安定的に値上りすれば、人々の体感温度は寒く感じない。おのずと、消費マインドは高まるのではないだろうか?実際に、バブルの時代、給与所得よりも資産の急激な上昇が、一億総中流と呼ばれるほど日本全国を活気づかせた。一方、小泉内閣時代の「いざなぎ景気を超えた戦後最長の景気」でさえ、統計データと比べて、多くの人たちは不況と感じ、寒さ自体は改善されなかった。

 

だから、数字上のGDPや物価指数ではなく「不動産価値が高まる」住宅地供給と政策が、人々の体感温度をあげる最も効果的な景気浮揚策に繋がるのではないだろうか。

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