2012.1.20 第68話
建築家コンペとデザイナーズ住宅
西暦2000年前後から、設計事務所がデザインする住宅を一般市民でも実現できるということを「売り」にした『建築プロデュース』というサービスが現れてきた。TV番組で、それまで劣悪だった住宅が劇的に変化するリフォーム番組が人気になり、一般の情報誌やファッション雑誌などでも建築家や空間デザイナーが手掛けた住宅が紹介されるなど、建築・インテリアブームがその背景にあった。
運営者の多くが、自ら建築現場で仕事を経験したことがない異業種の人たち。企画会社や広告代理店、経営コンサルタントなどだ。過去に住宅業界との取引があり、古い体質が変えられず客単価も大きい住宅業界に「ビジネスチャンスあり」と映ったのだろう。この頃インターネットの普及や、通信環境の改善、検索エンジンの高度化により、『建築家コンペサイト』もいくつかネット上を賑わせていた。
このようなサービスの「売り」は、素人の施主では考えられないような建築家の発想とデザイン。主に狭小地や変形敷地、高低差のある敷地で、一般的な住宅建築を建てると外観のプロポーションがうまくまとまらないような土地を安く購入し、建築家のアイディアを引き出そうというものが最初は多かった。自分たちで直接設計事務所を探すのも、どのように依頼していいのかも分からず、設計料負担も想像がつかないという、施主側の不安のニーズと、日本のアトリエ系設計事務所の閉鎖的体質が、コンペ運営者にとっては幸いし、マッチングをするビジネスが成立した。
コンペ運営者は、名簿や住宅雑誌、ネット上から設計事務所をピックアップし、片っ端から電話連絡。仕事が少なく営業力のないアトリエ系設計事務所を次々と登録していった。コンペの参加は基本無料で、施主の要望や敷地の諸条件から、各人各様のアイディアが提案される。コンペに勝ち残ってはじめて設計契約に進むため「ファーストインプレッション」が大切と考える設計者も少なくない。つまり奇抜でインパクトのある提案で目を引こうとする提案が、ほとんどノーチェックで提示されている。
そこには、建物のコストを抑えるための標準化や単純化、将来の売却時にも市場価値がつくかどうかという発想もほとんどなく、構造的なバランスや断熱性能さえも置き去りにしたオブジェのような計画も少なくない。建築コンペの運営者も、設計者を「経験豊富なプロ」と信じ、チェック機能も果たすことなく「先生の作品はユニークですね」と同調する始末。施工者側は、安全マージンを乗せて見積をし、予算が合わないからと設計者から予算カットを懇願されて建築がスタート。技術的な裏付けや職人の熟練度は重要視されず、見た目だけカッコいいデザインの住宅が街の中に忽然と現れる。もちろん、周辺環境との調和などはほとんど配慮されていないので、街並みも損なわれる。
このような住宅が雑誌に掲載され、ネットでも配信されるから、益々「建築家が設計したデザイナーズ住宅は切り妻屋根や寄せ棟屋根はタブー」というような固定観念が設計者にも施主側にも植えつけられてきた。そうして海外ではあまり見られない片流れやフラット屋根の住宅が設計される。誰が望んだのか分からないままに・・・。
住宅の外観は、施主個人だけでなくその地域社会にとっても財産だ。日本のように住宅の寿命が短い国でさえ、住宅の外観は30年以上にわたって住宅地の風景を固定化してしまう。数年で陳腐化してしまう外観デザインの住宅は、30年後の所有者にとって不要なものでしかない。だからこそ、コンペで奇抜さを競わずに、50年後でも将来残したくなるような「息の長い」外観デザインの住宅を供給したい。それが住宅業界に携わる専門家の責務だろう。