2019.2.20 第152話
住宅のデザインに対する欧米と日本の違い。
普段、街を歩いていると目にする建物の外観。一般の人はあまり関心のないまま通り過ぎているかも知れないが、こちらは仕事柄、この建物は大手ハウスメーカーの住宅か、地元工務店が建てた注文住宅か、それとも設計事務所が関与してデザインされた住宅なのか一瞬で判断し、外観のデザインだけでなく細かい納まり(ディティール)や将来のメンテナンスまで気になってしまう。
今回ご紹介するのは、設計事務所が過剰なデザインをしたと私には思われる2棟並んだ三階建て住宅だ。実際には経験豊富で、かなりこなれた設計をする建築事務所が担当したと分かるから、決して批判ではなく、敷地や立地条件も含めて、これが日本の現状だと分かってもらう目的でこの画像を採用した。
日本でも海外でも、住宅は所得の何倍もする高い買い物だから、負担する額も大きく、せっかくなら周りの建物よりも個性的で、資産価値が続いて欲しいと多くの人が願う。当然、外観のデザインも重要な要素となるが、欧米人にとって住宅取得は個人の住まいであっても「投資」なので、基本は“将来高くなると予想される不動産を、出来るだけ安いタイミングで購入する”というのが多くの人の発想だ。株式投資を考えれば、それがごく普通の考えだと分かるし、決して安い家を買おうということでもない。そのため欧米では、建物の外観は数十年先も陳腐化せず、過去に建てられ現代まで残った『様式美』のあるデザインを大切にする。それが「クラッシックデザイン」と呼ばれて、例えばクイーンアン様式やジョージアン様式、ビクトリアン様式やクラフツマン様式といった定番のデザインが数多く採用される。私が知る限り、欧米で個人がデザイン料を負担して、建築家にオリジナルデザインの住宅を設計してもらうのは、年収3千万円を超えるような富裕層だけだ。しかも建物のデザインが街並みに影響を与えずに済むような広大な敷地で、数億円の建築費を掛けるような邸宅だ。
プランブックから選ぶ欧米の住宅デザイン
では、欧米の人たちがどのように住宅のデザインを採用しているかといえば、設計事務所が書き溜めて出版物にした『プランブック』と呼ばれる間取りと外観がセットになったプラン集が書店やホームセンターなどに並んでおり、その本の中からお気に入りのプランがあれば、その設計者にプラン番号を連絡して、詳細設計図や見積のための部材拾い出し資料などが有料で入手できる。設計事務所にとっては書籍販売の印税と併せて、自分が設計した基本プランを少しアレンジするだけで、同じ設計図書が数十人、数百人の人々に使われ、設計の生産性も大いに高まる。住宅設計には意匠権の主張は困難でも、設計図書には版権があり、訴訟社会のアメリカでは安価な設計料は支払ったほうがメリットは多い。もちろん自分の敷地に合わせて要望を取り入れてもらうことは可能だ。
一方、日本ではもはや“定番の住宅デザイン”はない。今では、他との差別化を重視し、他の住宅のデザインと被らないことが「注文住宅の良さ」と勘違いして、日本では街並みがバラバラになっている。特に設計事務所は、自分の作品として「特徴あるデザイン」を志向する傾向が強く、“設計料に見合ったデザインを提供した”との自負から過剰なデザインに陥りがちだ。特に屋根や板金などで複雑なデザインを行うと、雨漏りの危険性が増え、汚れやすく建築コストだけでなくメンテナンスコストも跳ね上がる。画像はまさにそんな住宅だ。
欧米の住宅でも、外壁や外部柱、屋根のドーマーなどはギリシャ建築やルネッサンス様式の影響を受けた華美な装飾があるが、基本的には平面計画は長方形か十字架のシンプルな形で、外皮が最小面積で住む総二階の建物が多い。躯体自体に複雑な形状を施さないことで、建築コストを抑え、安定した耐震性能や省エネ性能を実現できている。将来中古住宅になっても、アクセサリーや小物を変える着こなしと同様、リモデリングで新しい装飾や塗装で価値を甦らせ、魅力が高まるのが欧米の住宅だ。
もちろん外構も重要な要素なので、敷地の余裕や街路樹がある住環境が当たり前となっている。だからこそプランブックから選ぶという経済合理性が米国社会で選択できる要因だ。高い土地価格を圧縮するため、敷地を細切れにし、旗竿地や変形地にして、設計力で無理やり間取りを詰め込もうとする日本では、設計料も建築費も割高になり、資産価値が急落するのは欧米人でなくても気づくだろう。
日本でも昔は農家住宅や街道筋の商家など、和瓦を葺いた切妻や入母屋屋根で漆喰壁の「伝統的デザイン様式の家」が存在した。それは設計者がデザインすることなく、大工棟梁や職人たちが代々引き継いできた「意匠やフォルム」で、時代の変化にも大きな影響を受けず、安定的な技術と材料で、施工も標準化されているから作業効率が高く街並み景観も美しくなるデザインだった。数寄屋建築や寝殿造りのような、特殊な用途ではなく、普通に暮らす市井の人たちの家のほうが、最新デザインで設計された今の家よりも50年後に「残したい風景」と思う人が多いのではないだろうか?それを現代の技術や建材、求める性能をクリアするように、常に更新しているのが欧米の住宅だ。
景観自体が「社会の共有財産」であり、その雰囲気を大きく変えないことで、街全体の資産価値が安定し、より購買力のある人たちが住みたくなる住環境に熟成していくことが、住宅のデザインに求められている。