2020.6.20 第168話
【連載】未来の賢い家づくりとは ~第8回~
去年の今頃は「消費増税」や「東京オリンピック」といった一大イベントの前後で建築費は下がるのか上がるのかについて業界でも議論になっていました。今は、新型コロナの影響でそれどころではない状況ですが、私の結論は、住宅というほぼ単品を販売している住宅会社は『売上げ=客数×客単価』なので、人口減少や空き家の増加といった“着工減”の環境下、1棟あたりの建築費を上げることでしか、前年度の売上維持さえ難しい環境になっていると指摘しました。つまり職人不足で労務費がアップしているといった説明は表向きのいい訳であって、その比ではないほど1棟当たりの建築費を「営業的」に上げ、それは今後も続くのです。まさにアフター・コロナ時代の家造りは、企業もそうせざるを得ない環境に置かれました。
今はネットで色々な情報を集めることが可能な時代です。住宅会社の評判やそれぞれの会社で家を建てたユーザーが日記のように公開しているブログなど、トラブルやクレームも含めて多くの情報に触れることが出来るでしょう。しかしネット上の情報は玉石混交で、どれが正しい情報か、知識の乏しい一般市民が見分けるのは容易ではありません。私が上記で書いている「建築費がアップしていますよ!」という情報でさえ、立場が違えば別のデータや経験値によって真逆の解説もあり得るのです。
日本の家づくりは“初めての海外旅行”と同じです。どの旅行会社を利用して、どの国に旅をしても、無事に帰って来られさえすれば、一定の満足度が得られます。道中に盗難やぼったくり、危ない目に遭うなどのトラブルがあっても、時が過ぎれば良き思い出です。旅慣れた人が聞けば、どれほど割高なツアーで、美味しくもない大衆料理店で食事をさせられたと分かっても、本人たちは「最初だから仕方ない」と、それほど後悔しないのが初めての海外旅行であり、日本での家づくりです。実は住宅会社側もそんな状況に気づいているのです。
そこで私がお勧めする情報は、企業が自ら発信している『IR情報』。心地よいキャッチコピーで消費者の心をくすぐるホームページの言葉や写真・映像ではなく、その会社が株主向けに公開している「企業業績」のデータです。全国の総合展示場にモデルハウスを出展しているような大手住宅メーカーは、ほぼ株式上場しており、毎年株主向けに「アニュアルレポート」と呼ばれる経営状況や取り組みなどを公開しています。会社によって体裁は違うものの、売上の推移だけでなく事業部門ごとの売上や利益、受注棟数など、複数年に亘って企業活動の成果が分かり、株主に自社の収益性や成長率を開示することで、投資家保護や新たな投資家の募集を行っています。今回、業界大手の公開レポートを同社のホームページからダウンロードし、解説を加えてみます。
画像は2018年に公開された17ページにわたる前年の実績データです。15ページ目の下段に記載された『当社住宅の傾向』の一部で、4つの事業分類の3番目に「賃貸住宅」の2013~17年まで5年間の推移が表になっていました。①1棟当たり売上金額、②1棟当たり面積、③3.3m2あたり売上金額の3つの数字で業績比較が出来ますが、さすがの私もこの数字には驚いたのは、アパート1棟当たりの売上金額が、この5年間で1.5倍以上になっていたこと。しかも毎年のように連続して10%程度上昇していたのです。
アベノミクスや日銀の金融緩和がスタートしたのが2013年。2%の物価上昇を目指してデフレ脱却を声高に叫んでいた2013年当時のアパート建築費を100とすると、2014年は約112なので12%の建築上昇。同年消費税が8%に上昇した反動も全く見られず2015年は約125、翌年も約136と、高度成長期並み、今の中国の経済成長を超えるほどの価格上昇が株主向けの報告には記載されているのです。それが、たまたま相続税の支払い額が大きく、アパート投資をしたいという富裕層が、2棟分買ってくれたとか、大きな土地を持つ農家が広めのアパートを建てたといったことではなく、年間5千棟前後建築している同社のアパートの1棟あたりの建築単価(=平均価格)が、5年間で1.5倍の約3,270万円も上昇したということです。おまけで戸建ての新築が建てられるほどの値上がりです。
海外旅行であれば、また機会が得られますし、未来の生活に影響を及ぼすことはまずありません。しかし住宅は、その金銭負担だけでなく住み心地から将来の資産価値まで、ローン支払いが終わる30年後以降もあなたの人生に影響を及ぼすのです。
ダブルスネットワーク株式会社 代表取締役 若本 修治(中小企業診断士)