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若本修治の住宅コラム

2023.4.20 第187話

地形と景観を考える

 2021年7月に発生した静岡県熱海市の伊豆山の土石流災害によって、宅地造成の規制がより厳しく改正された。具体的には『盛り土規制法』と呼ばれるもので、今夏施行される予定だ。構造計算を偽装した姉歯問題と同様、自己の利益のため「性善説」に基づいた法律の裏をかいくぐり、他人の生命や財産を危険に晒した結果、従来のような条例ではなく、法律として厳格な規制が求められた。

 

 それまでも、広島で発生した大規模土砂災害など、地形と大雨に起因する「自然災害」は数多く発生しており、高さ1mを超える“盛り土”や高さ2mを超える“切り土”については『宅地造成規制法』で擁壁の強度や安全性などが求められ、1,000m2を超える造成(区画形質の変更)には、より厳しい『開発許可』による行政のチェックが必要だ。本来、地形的に安定した緩やかな傾斜地であっても、すべての樹木を伐採して建設重機で掘り返し、人工的な”崖”をつくっていけば、それだけ土木費用に投じなければ安全な宅地が出来ないのが日本の高台の住宅地だ。

 

 そのような高台の住宅地では、日当たりを重視するため、東側や南側に開けたひな壇状の宅地造成が数多く見られる。高台での宅地造成の多くが、元々の山の地形や勾配に合わせて造成計画をつくり、開発地の外に搬出される土砂を最小限にするよう切り土と盛り土を設計する。谷になっていた地形を埋め、調整池をつくって宅地自体は平坦に仕上げて、敷地は高低差のある擁壁によって道路や隣地と明確な境界線で分けられる。昔は石垣により、その後法面(のりめん/斜面)のあるコンクリートブロック、そして最近は鉄筋コンクリートによる垂直擁壁が主流になってきた。敷地境界は通常、法面の下で、出来るだけ敷地の有効面積を最大化した宅地販売にするためには、勾配のある法面ではなく垂直のコンクリート壁が効率がいい。まるで砂防ダムのような擁壁も登場している。

緩やかな勾配の道路に面した敷地が、わざわざコンクリートブロックで嵩上げされている。この敷地造成の土木工事は、土地取得コストのアップのみならず、かえって住環境の魅力を削いでいる。

 

■地形を景観に活かす米国の住宅地

 

 戦後の日本人は、自然に手を加え、大量の鉄やコンクリートを利用し、工業製品を使うことが、繁栄や経済発展に繋がると勘違いしてしまったようだ。使い捨て文化や意図的に商品のライフサイクルを短くして、買い替えを促進するといった経済成長モデルはアメリカに学んだと言っても過言ではない。一方ヨーロッパは古いものを大切にし、骨董品なども「蚤の市」などでアンティーク物として取引され、住宅も古いものが価値を失わない。しかし当のアメリカも住宅は新築よりも古く大切に維持管理された「中古住宅」が好まれ、単に駅から近いとか便利な施設が近くにあるということ以上に、ロケーションが重視される。ロケーションとは自宅の窓から見える景色であったり、前面道路から見る街並み景観や、通学できる学校の教育水準、犯罪率など、数十年にわたって築き上げられた住環境の高さが評価される。だから建物が新しいか古いかよりも、将来にわたって安定した住環境が得られて、売却したいと思った時に購入時よりも高い値段がつくかどうかが重要視されるのだ。そこに中古住宅ならではの強みがある。

 

 将来売却したいと思った時に、自宅の裏にコンクリートの垂直擁壁があるような住宅地が、次の購入者にとって魅力的だと映るだろうか?前面道路に面して駐車場を確保するため、出来るだけ裏庭を狭くして勝手口と給湯器・室外機等を置くだけの通路になっている古びたコンクリート擁壁は、日当たりも悪く常に湿気があって、苔などが生えた薄暗い空間ではないだろうか?そこにはほぼ採光がなくてもいいキッチンやトイレ、洗面所などが並んで、床下の換気も不十分、外壁の痛みも激しいのではないだろうか?

日本の典型的な高台の分譲地。少し雨が降るとコンクリートブロックの擁壁はなかなか乾くことがなく、高低差があるほど北側にある擁壁はジメジメした暗い場所になっている。

 

 このように将来魅力が失われるような住宅は、宅地造成の設計に原因があることを日本人は気づいていない。敷地を効率よく確保して、売りやすくするために、まるで観客席のように東南方向を見下ろすようなひな壇の造成で勾配をつけていくと、いったんは山を丸裸に伐採し、コンクリートの垂直擁壁で四角い敷地を配置していくのが最も効率が良くなる。「棚田百選」などに紹介される日本の古い農地と同様だが、棚田のような美しさがそこにはない。

 

 軽井沢や伊豆などの別荘地が美しく見えて憧れるのは、自然の環境を守りながら、地形をうまく景観に取り入れているから。ほとんどコンクリートなどは見えず、敷地の裏は里山や大樹など、開発される前の自然の状況が再現されて、小鳥や小動物の声や姿も人を脅かす存在ではないからだろう。傾斜のある地形や高台ほど、このような魅力を高めることが出来、日本の高級住宅地の殆どは平地には存在しない。米国では敷地の高低差を造成で調整せず、基礎で調整して起伏を活かした住宅地が多く、日本と同じ島国のイギリスでも、裏庭は建物の奥行きと同等以上に裏の敷地との距離を確保して、そこに人工的な自然をつくる「イングリッシュガーデン」が、建物の付加価値を高めている。※ 後述の画像参照

 

 傾斜地を削り、土砂の運搬に費用をかけて、鉄筋や型枠を組み、遠方からセメントを運んで生コンクリート加工して、20年もすれば汚くなるコンクリートの垂直擁壁をつくる土木工事に、土地代が含まれる日本の宅地造成は、近年のゲリラ豪雨によって崩落の危険性まで将来つきまとう。そのために規制も強化されて、さらなる目に見えないコスト負担をしても、魅力ある景観は作れず、将来負の遺産となって空き家予備軍を増やしているだけ。

 

 地形を活かし、出来るだけ大きな樹木は残して切った樹木分の植栽をすれば、同じ土地面積で分譲できる戸数は確実に減ってしまう。しかし木々に囲まれて夏の強い日差しを遮り、涼しい夏を過ごせるような別荘地のような宅地は、土木工事に掛ける費用分、広い敷地を確保、建物や家具調度品・エクステリアなどにお金を掛けることができ、20年後も魅力ある住環境を維持することが出来るだろう。

広島県廿日市市「吉和の里」の別荘地。基礎で高低差を調整することで、宅地造成のための土木費用を最小限にし、地階の空間が生まれ、自然の地形を活かした緑豊かな住宅地になっている。造成工事分が敷地の広さと自然豊かな眺望確保の余裕に繋がっている。

英国ロンドン郊外の住宅地「ハーロウニュータウン」で英国人夫妻の住む築80年超の住まいを見学。英国の住宅地をGoogle Earthで見ると、このお宅が特別ではなく、裏庭が建物の奥行き以上に確保されている宅地が普通だということが分かる。建物の間口は日本同様狭いものの、裏庭同士が接して背中合わせとなり、敷地境界は生け垣や高木を植えているから、風が通り抜け日当たりも見込めるグリーンベルトになっている。島国だから土地が狭いわけではなく、将来価値が高まる土地利用をしているかどうかの差だ。窓の左の小屋はお隣の裏庭。右隣の裏庭も見える。

米国ワシントン州シアトル郊外の高台に開発された「イサクワハイランド」の分譲住宅。起伏のある自然の地形をうまく活かすことで、まるでゴルフ場に家が点在しているようなランドスケープが住宅地の魅力を高めている。ここでもコンクリートやブロックむき出しの擁壁はない。実際に近隣にゴルフ場があり、それ以上宅地開発が進まない「バッファゾーン」にして住環境を守っている住宅地も多い

 

●関連情報コラム181話『短命に終わる日本の住宅は「敷地」に原因あり?』

ダブルスネットワーク株式会社 代表取締役 若本 修治(中小企業診断士)

米国ワシントン州シアトルの丘陵地「クイーンアン」を散策していた時に撮った写真。電柱電線はあっても、擁壁が見えないランドスケープによって住宅地の価値が高まっていることが分かる。
広島市の郊外、安佐南区の「セントラルシティこころ」の造成地では、南向きのひな壇をつくるために、垂直の擁壁で盛り土している。際に建つ家は、埋戻しした分地盤が弱く、ほぼ地盤改良費も負担している。
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