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若本修治の住宅コラム

2019.4.20 第154話

傾斜地を活かす住宅地と、傾斜地を均す住宅地

日本の住宅地で、自然発生的に出来た丘陵地の住宅や別荘地を除き、高台に開発された造成地の住宅は、ほぼ例外なくコンクリートやブロック擁壁によるひな壇造成になっている。しかも出来るだけ分譲地を高く、効率よく販売したいデベロッパーの要望から、元の地形に関係なく日当たりのいい南向きや東向きに低くなっていく“ひな壇状の宅地”が好まれ、建ぺい率さえクリアできれば、出来るだけ数多くの住宅が詰め込める四角い敷地に区画される。さらにご丁寧に、それほど高低差のない隣同士の敷地境界にブロックで段差を付けまで、なだらかな南向き傾斜の住宅地を演出している団地も少なくない。

 

一方、欧米の住宅地をみると、丘陵地にある住宅も過度な土木工事によるコンクリート擁壁や大規模な法面はほとんど見ることはない。出来るだけ自然の地形に沿って住宅地を開発し、敷地自体も日本のように平坦に整地せず、敷地の勾配は“建物の基礎で調整する”ことで景観を守りながら高低差を解消している。それは「目先の販売効率」ではなく、その住宅地が魅力的で、住まいの窓越しに見える景色の美しさが、将来の建物の資産価値に影響を与えることが分かっているデベロッパー側の配慮だと思われる。同じ住宅地開発のプロであっても、ここが日本の業者に欠けている「思想」だろう。

 

なぜ日本でひな壇造成が増えたのか?

 

しかし日本でも欧米でも、民間企業が土地を購入し、住宅地に加工する投資をする場合、いずれも「儲けることが目的」であり、日本のデベロッパーが特段に暴利をむさぼっているとは思えない。歴史的・文化的背景もあって、現在のような住宅地の姿になったのだろう。それが何かを探り、課題が分かれば、将来の解決策も考えることが可能だ。

 

日本国内で欧米の住宅の話をすると「欧米は比較的平坦な土地が多く、日本のように海に囲まれ平地の少ない島国では参考にならない」という意見が多い。しかし欧米で傾斜地に建ち並ぶ住宅をイメージすると、例えばスイスやオーストリアのようなアルプス山脈や、ギリシャやイタリアなどエーゲ海や地中海沿岸地方で、急傾斜地に建ち並ぶ住宅は少なくない。

日本でも、特に平野部が少なく山林や丘陵地が続く中国地方、広島県内では、戦前は自然発生的に丘陵地に住宅が建てられてきた。古くから栄えた尾道市や軍港で人口が急増した呉市などは、今でも地形に沿った形で建ち並ぶ家々の窓からの瀬戸内海を望む景色や、海から眺めた景観「万葉集の時代」から親しまれた瀬戸内海の風景となっている。しかし日本の傾斜地の住宅は、古いものでも多くが石垣を積み、敷地を平坦にしてから家を建てている。

 

私は恐らく、土地を開墾する時の用途、耕作目的の違いが住宅用の土地にも影響してきたのだろうと思っている。それは水を張って稲作を中心に生活してきた日本人と、小麦やブドウなど、土地を平坦にしなくても耕作できる野菜や作物をつくってきた西洋人の違いだろう。現に、大陸的でヨーロッパのような風景の北海道は、寒さで稲作には向かなかったため、耕作地もなだらかな地形が続いている。いずれも最小限の投資、作業量で、住む人たちの生活が守れることを土地加工、開発の基本としていた。それが、土地を加工することで利益を出し、販売効率を求める宅地開発の専門企業が登場してから様相が変わってきた。

 

戦後日本の住宅地開発に影響した出来事とは・・・

 

特に戦後は爆発的に人口が増加、瀬戸内海沿岸地域は元々平地が少ない上に、石油コンビナートや造船、鉄鋼など工業地帯の整備で海に面した平坦地の多くは工場立地となって、新しい住宅地は丘陵地、高台に開発するしかなかった。車の普及率も急速に上昇すると、自動車が通行できる道路に面していない尾道や呉市の高台に密集した住宅は、急速に高齢化・老朽化が進んだ。自家用車の普及が通勤距離を伸ばし、住宅地の開発許可は、都市計画法によって広い道路の整備が義務付けられ、土地神話によって郊外の雑種地や山林まで地価が上昇したから、欧米のように自然の地形や植生を出来るだけ生かしながら、まるで山岳コースのゴルフ場のような住環境をつくるという方向には向かわなかった。人口規模の小さな東北の太平洋沿岸都市は高台にまで宅地開発が向かわず、東日本大震災で甚大な被害を受けた。

 

時を同じくして、田中角栄が登場。「国土の均衡ある発展」が日本を土建国家にしたこともあって、開発地周辺にある自然の地形や岩石、樹木を活かして住環境をつくるより、効率よく樹木を伐採し、ブルドーザーやショベルカーで山を削り、大量の土砂を運搬して、セメントや骨材を大量消費して巨大なコンクリート擁壁や調整池、公共下水工事などの土木工事を増やすことが、地方の雇用を増やし、経済力を高めることにも繋がった。私自身も、歴代の総理大臣を排出している山口県の土木業者(有)若本組の三男として昭和三十年代に生まれ、実家の仕事を見て育ったから良く分かる。

おまけに郊外へのスプロール化、住宅地の乱開発が交通渋滞を引き起こしたり、都市の過密化を促進し、社会問題になった。そこで開発を抑制するために英国の『都市農村計画法』を日本に導入しようと、昭和四十年代初めに都市計画法の立法化が進められ、市街化調整区域を指定して自然環境を残すエリア分けや、開発許可の基準等が整備されつつあった。しかしすでに施行されていた「建築基準法」の『集団規定』が、新しい都市計画法(1968年施行)に吸収されてしまうと抵抗した当時の建設省住宅局の人たちに法律が骨抜きにされて、住宅地開発は土木(=都市計画法)と建築(=建築基準法)に分離されてしまったから、許認可も実施者や着工時期も「土木」と「建築」に完全に分けられた。

 

宅地造成を担う土木業者は、より儲けを多くするためには、自然の地形を活かしその地域で採れる材料を使ったのでは手間ばかりが掛かって大きな仕事は出来ない。本来は、何百年も大きな崩落や地形の変形がなかった丘陵地は地形的にも安定しており、出来るだけ人の手を加えず、なだらかな地形を保てば、豪雨や台風、地震などでも大きな災害には繋がらなかった可能性が高い。そもそも自然は不安定な状態は長く続かず、崩落・崩壊によって安定した状態に収れんしていくのだ。しかし山を削り、自然には安定しない形状に加工して巨大な構造物をつくって、雨水は浸透させず、生活排水なども集めて下流に流せば、数十年後に想定を超える自然の猛威が襲うと、その地域に住む人たちに災害の危険が迫るのは今考えれば、当たり前の現象だ。人間が造った人口の構造物は、短期的な強度・耐久性が求められるほど、遠い将来は耐力が落ち、劣化が進んで、100年後には誰もその強度は保証できない。そんな住宅地を造り続けてきたのが、この50年間の日本の住宅産業であり、災害大国になった今の日本の姿ではないだろうか?

 

北欧の小さな国、フィンランドのヘルシンキを訪ねて

 

平成最後の海外は、2019年4月に北欧の国フィンランドの首都ヘルシンキと対岸のバルト三国の北端エストニアの首都タリンを旅してきた。城壁や要塞など、外敵から住民を守るための石垣や擁壁はあるものの、やはり住宅地は出来るだけ自然の地形を活かし、基礎で地形の高低差を解消していた。敷地全体を嵩上げしたり、傾斜を削る「盛り土・切土」をすれば、土木工事の範囲は広がり、擁壁の延べ長さや高さも増えるから、本来そこに家だけ必要な人たちにとっては、余計な土木費用の負担と遠い将来構造物の耐久性が衰えた時の危険性が増すばかりだというのが、日本にいると気づかないが現地に行くと気づかされる。

ヘルシンキ郊外の一般住宅地。地形も樹木も以前の姿を残し、連棟で住居費負担は少ないながら、恵まれた環境で豊かに暮らしている。土地の多くはリースホールドだ。広島から行くと、マツダ車が停めてあることが嬉しい。

 

人工的に自然のような地形をつくられるゴルフ場も、フェアウェイやグリーンの傾斜や地形のうねり、池やバンカーといった障害物や、クリークや谷越えといった景色の変化、木々に囲まれた環境や眺望がコース自体の価値を生み、会員権価格やプレー料金の差や格式にも繋がっている。日本の無理やり高台を平坦にして直線道路で区画される住宅地は、まるで河川敷や海浜に造られたゴルフ場のように、ゴルフ場としての魅力も格式も欠け、単に「ゴルフをするだけの場所」を提供しているに過ぎない。「寝るだけの場所」を提供している日本のベッドタウンが、資産価値が上昇して、そこに住みたい人たちが何世代も続き、空き家問題や高齢化問題を解消するためには、ゴルフ場同様、魅力が続くような環境をつくり維持することが必要だろう。

従来のように土木の造成工事に多大なお金を投じ、平坦で景観の魅力のない住宅地が安全だとした『宅地造成法』や『開発許可制度』といった土木に関連する法規制、都市計画制度自体の運用を、本来の姿に戻すべき時代ではないかと思われる。すでに手遅れかもしれないが、参考すべき事例や法制度は海外に学ぶことは可能だ。

欧米で、樹木も起伏もないこのような住宅地を高台で見掛けると気味悪く感じるだろう。この後、電柱・電線が地上に張り巡らされていく。この住宅地周辺には雇用の場はなく、通勤前提で定年後には団地時代の魅力も活力も失われていく。

広島市郊外の分譲地。盛り土の巨大な法面の上に住宅が並んでいる。画像手前は調整池。
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