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若本修治の住宅コラム

2019.7.20 第157話

「用途地域」や「容積率緩和」が与える地域への影響の大きさ

私は昨年度から広島市の『総合計画審議会』の市民委員として、2020年から10年後に至る将来の広島市の政策を議論し、策定する審議会に参加している。全体で3つの部会に分かれ、大学教授や財界人など有識者が議論しているが、私が参加している「第一専門部会」では、主に“経済や都市基盤、観光など”を議論する部会。第二専門部会は主に福祉や教育、労働など“人間・市民生活を中心”に議論する部会、そして最後の第三専門部会は、スポーツや文化・芸術、地域コミュニティや安心・安全など“地域社会を中心”に議論し、広島市の未来の姿を描こうとしている。

 

先頃、各専門家の議論をまとめる段階になって、どちらかといえば第三専門部会の範疇となる「地域づくり」のまとめのペーパーで「地域のことはその地域に住む住民が一番分かっているから、自分たちのまちは自分たちで創る」という宣言が強調されていた。確かに町内会や自治会単位の狭いエリアでは、行政よりもその地域に住む人たちのほうが、地域の課題や不満、将来への不安は詳しいだろう。しかし行政側が「自助・共助・公助」というもっともらしい言葉で、自治会の組織率の低下災害の増加による避難の呼びかけなどを計画に記載、その先に「自分たちのまちは自分たちが創る」と未来の10年計画に書かれると、市民委員の市民感覚として、とても違和感を覚えた。

 

素人市民が街の環境はつくれない!

 

ダーウィンの進化論を論じるまでもなく、人間をはじめとした生き物は、生活する周囲の環境に大きな影響を受け、その環境自体、個人である普通の市民が変えることはほぼ不可能だ。せいぜい変えられるとしたら、ご近所の人間関係や地域のお祭りの開催、地元議員を通じての陳情による公共施設の整備や条例の適応などくらいだろう。そこには“地域の対人関係を良好にする”といったこと以上に、「私たちの街をつくる」という大それたことを出来るような人材もお金もツールもない。住民の中には専門家として仕事をしている“プロ住民”もいるかも知れないが、地元だからといって無報酬で街づくりに関与することも出来ないし、平日は本業で忙しいから、せいぜい土日の自治会活動にボランティア参加するか、定年退職や引退した高齢者が、昔経験したノウハウや人脈などを利用して、助言やお手伝いをする程度でしか街づくりに関与できないのが実態だ。

 

その象徴的な事例を先頃東京出張の折、現地に足を運んで確かめてきた。

場所はJR山手線の五反田駅からすぐの、かつて「池田山」と呼ばれた丘陵地。山手線内に位置する住居表示は東五反田5丁目となる国道1号線と首都高速2号目黒線、そして山手線に囲まれた閑静な住宅地だ。

改元により今年上皇后になられた美智子様が生まれ育った生家があったこの高級住宅地だが、周辺の開発が進み地価の上昇や容積率の緩和などによって、中低層の高級マンションが建築されるようになった。

美智子様の父親は有名企業でもある日清製粉の創業社長。実家はその正田英三郎氏が所有し、長兄は日銀の理事、次兄が日清製粉の社長を継ぎ、次妹は総理経験者の家系に嫁ぐという、日本でも有数の富裕層だった。にも関わらず、英三郎氏の逝去により、相続税33億円が現金で支払えずに、財務省に物納、その後歴史ある立派な建物は、保存運動の甲斐もなく解体され更地にされた。現在は、国が税金で買戻し、下の画像の通り「ねむの木の庭」として一般公開されている。

美智子上皇后の生家は今、国有財産になり「ねむの木の庭」として品川区が管理している。解体前には戦前に建てられたチューダー様式の洋館が、多くの地域住民に愛されて佇んでいた。

 

この現象は「日本の相続税が高い」ということではなく、用途地域や容積率が緩和されることで、固定資産税の負担能力の違う用途の「業務・商業系の建物」が建ったり、一世帯当たりの負担が数十分の一になる「多層階の集合住宅」の建築が許可され、それまで静かに暮らしていた人たちが”住環境の悪化”と”固定資産税の急騰”まで、本人たちが気づかぬ間に負ってしまったということ。

ゆとりのある広い土地に住んでいた富裕層の人たちが、同じような収入層の人たちとつくっていた地域のコミュニティは、住民の高齢化によって相続が発生すれば、そのままでは子孫に引き継げず、マンションデベロッパーが高値で購入すると、いわゆる「億ション」で分譲される。セキュリティとプライバシーを重視した高級マンションがそこに建てば、それまでの地域住民同士の対人関係は壊れるのは必至だ。自治会にも参加せず、地域のお祭りや行事にも協力しない「にわか成金」や「自称セレブ」を呼び寄せるようなものだ。南青山で発生した児童相談所建設反対運動も、同一線上にある問題だろう。

2012年と2019年の訪問で、同じ場所で数寄屋造りの住宅が現代的洋風住宅に建て替わろうとしていた。

 

まだ東京の山手線内では、数億円の豪邸を新たに取得できるスーパーリッチは数多く存在するから、低層の高級住宅地でも、そのままの敷地で新しい住人が豪邸を建てているシーンを目にする。今回歩いてみた東五反田の住宅地でも、7年前に訪問してからでも随分と所有者が変わり、建物の解体や新築などで街並みが変化をしていたが、高級住宅地としてのイメージを損なうことなく景観に配慮した建物を建てる財力を感じた。有名な田園調布も同様に、高級住宅地としてのブランドを守ることが出来ている。とはいえそんな場所は東京でも一握りの有名住宅地だけだろう。

立派な門構えの和風住宅も、購入者のテイストにあわなければ簡単に解体されていく。やはり東五反田5丁目でこのたび見た光景。

 

地方都市ではそれほどの富裕層の絶対数が不足するため、相続が発生した広い土地は、建売業者に落札され、3~4分割されて三階建ての狭小住宅に変わっていくか、容積率が緩和されれば十数世帯が入居するマンションが分譲され、古くから住む住民との軋轢や地域コミュニティの崩壊の危機にむかっていく。子育て世帯が入り、子供たちの声や姿で一時的に活気を感じても、その状況が長く続くことはなく、そんな状態になった地域を「自分たちで創りなさい」と自治会組織率を上げようとしても、もう昔のご近所同士のコミュニティは復活できないだろう。

 

厳格な都市計画のルールによって、街並みと資産価値は守られる。

 

空家率のコントロールを含め、建物の建築許可を出すことで、地域にどのような影響が及ぶのか、都市計画が有効に働く欧米では、厳しい審査が常識だ。日本のように同一の街区で地価負担能力の大きく違う用途の建物を建築許可すれば、高い値段で買った不動産業者やマンションデベロッパーが、街の雰囲気の維持よりも、”暴力的とでも表現するような儲けに走る”不動産開発をするのは必然だろう。そのようになった住宅地は、海外では地域の犯罪率が高まり、不動産価値が下落し、自治体の固定資産税収入も減って、誰も得をすることがないことは都市計画の基本中の基本になっている。だから建築の規制によって、街並みは整い、安定的に地価が上昇し、不動産を購入することで年金に頼らず資産形成が出来て、相続税支払いにも困らないという欧米型社会を日本でも目指したい。今さらながらでも着手しなければ、本当に地域は崩壊し、空き家の増加と将来大規模修繕を放棄した、分譲マンションの増加を招きかけないだろう。

延床面積400m2の戸建住宅も建築確認が下りていました。

池田山の坂の上に佇む和風の住まい
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