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若本修治の住宅コラム

2021.10.05 第178話

空き家解消とジェントリフィケーション

 前回のコラムに引き続き、日本の空き家問題の根本原因とその解決策を書いてみたい。

 日本では「新築偏重の国民性が、中古住宅流通を阻んでいる」という議論が、行政や業界ではまことしやかに語られている。だから「建物のインスペクション(劣化等の詳細調査)により、中古でも安心を担保する仕組みで、中古住宅の適正価値を示す!」とか「そこに住んだ時の魅力を伝えるような映像やインフルエンサーによる情報配信で、もっと中古購入の機運を高められる!」といった議論に終始してしまっている。新築の「総量規制をすべき!」という、民間の企業活動に介入する極端な主張もまかり通っている。しかし単に「量を規制」すれば、過去のバブル崩壊の引き金を引いた大蔵省銀行局長からの「不動産融資総量規制」の通達や、今回世界経済までリーマンショック級の恐怖に陥れている中国第二位の不動産デベロッパー「恒大集団問題」に見る通り、地域経済には少なからぬダメージを残すだろう。

 

 少なくとも都道府県単位の地域にダメージを残すことなく、新築住宅を抑制し、中古住宅市場を活性化させようとしたら、10年単位の長期計画が必要だ。それには、県内に本社のある建築業者、不動産業者の売上や雇用が維持できる仕組みやスキームを整備すること、そして県外本社の不動産デベロッパーや建売業者、大手ハウスメーカーなどには徐々にこの地域の新築市場から立ち去ってもらう、”社会的公平性のあるルールやスキームを考案すること”だろう。つまり新築市場が半減しても、地域経済に悪影響が及ばないような状態を作ると同時並行で、新たに供給される新築住宅が、従来のように入居した途端に市場価値が急落しないような「持続可能な住宅供給」はどうあるべきかが議論されることが求められる。そのヒントは約120年前に英国でまとめられた『明日の田園都市』にあり、約30年前に米国のヨセミテ国立公園のホテルで発表された『アワニー原則』からも読み取ることが可能だ。ちなみに「明日の田園都市」の著者、エベネザー・ハワードが開発した田園都市『レッチワース』の評判は日本にも伝わり、大正時代の1918年、まもなく1万円札の顔となる渋沢栄一氏により田園都市株式会社が設立され、当時現地を視察した息子の渋沢秀雄によって「田園調布」という日本を代表する高級住宅地開発に参考にされた。

産業革命で公害や人口急増で劣悪な環境になった大都市ロンドンから北55Kmほど離れた場所に、世界で最初に作られたガーデンシティ(田園都市)が、このレッチワース。すでに入植から120年を経た住宅地の町並みは美しいまま維持され、今でも中古住宅が高値で売買されている。2010年6月若本撮影

 

 またアワニー原則で提唱された考え方で開発された住宅地は『TND』(伝統的近隣住区開発)と呼ばれ、自動車社会が到来する前のように地域住民同士のコミュニティが活発で、建築の材料調達も造り手である建築業者や不動産会社も地元に根づいた人たちが担っていた。つまり「お金は天下の回りもの」という昔ながらの考え方で地域経済循環が成立し、建築家の介在なしに町並みは美しく調和がとれていた。そのような状況を再現できれば、産業としての建築業や不動産業において、地域経済がダメージを受けることは抑えられる。逆に地元県民・市民にとっては住居費が抑えられたり、将来中古住宅が高値で転売できるようになれば、収入は大都市圏に比べ低くても、可処分所得は上がり、県民の豊かさの指標は高まるだろう。まさにヨーロッパの国々が実践していることであり、地元の官民挙げて計画し取り組めば、時間はかかっても実現は可能だ。国内で言えば富山県などが住環境への満足度や豊かさの評価が高い。逆に言えば、今それに取り組まなければ30年後はさらに空き家が増加し、地方の衰退が加速化されるだろう。

 

■カーボン・ニュートラルを前提とした住宅地開発へ

 

 欧米の開発では、最近「グリーンフィールド」と「ブラウンフィールド」という対比的な表現で、環境負荷を増やさない後者の開発が注目されている。グリーンフィールドは、今地方の郊外で行われているような宅地開発で、田んぼを埋め立てたり山を切り開くなど農地や山林、緑を減らしていくような宅地造成を指す。新たなインフラ整備が必要で、環境にも負荷を与える。一方ブラウンフィールドは、すでに昔から人の営みが続いていた地域・街区で、様々な理由で土地利用が減退、建物の老朽化や住民の転出などが続いている地区の再生だ。基本的に、上下水道や電気・道路といったインフラの新規投資は限定的で、環境負荷も少なくて済む。このような地区を、さらに世界中が競い国も推奨する『カーボンニュートラル』の努力目標を立て、自治体の条例でルール化することで、新築住宅の総量を抑制しながらも、良質で魅力的な住宅地開発を誘発し、比較的利便性が高く将来需要の続く地区に新しい住人を招くことに繋がる。

 

 米国でスラム化したような衰退した街を再開発して、高級住宅地に変え、地価の上昇・税収の増加をもたらせるような開発を「ジェントリフィケーション」と呼んでいる。犯罪率の高い米国では都市再生の切り札となっており日本でも地域再生の参考にはなるが、そこまでの格差や地価上昇を生むような高級住宅地開発ではなく、そこに住みたいと憧れるような住宅地に再生できれば成功だ。

ジェントリフィケーションの代表的事例。米国シアトル市郊外のボーイング社の社宅跡地を再開発した住宅地ハイポイント。スラム化して一般市民は近寄れなかったが、見事に再生された。中間層と低所得者向け社会住宅が混在しているが、周辺の不動産価格を上昇させている。2011年6月若本撮影

 

 設計や技術開発も含め、地元企業・地域の専門家・学者等の参画の元、市場価値が続くような魅力的な住宅地を供給することで、地域の活力を高め、住宅の需給バランスをコントロールする仕組みも包含させたい。前回までのコラムで書いてきたように、そのイメージは工場や学校跡地等に巨大なマンションや大手ハウスメーカーの分譲住宅が建てられるのではなく、欧米のように低層高密度で、木造を中心とした緑の豊富な住環境だ。

 その場合、日本でこれまで建てられてきた”一生に一度きり、自分たち家族だけのニーズを叶える「特殊解」の注文住宅”が欲しいという幻想は捨てたほうがいい。建てた時のライフスタイルや家族の趣味、年齢や身体能力こそ”その時だけの特殊解”だ。むしろ家族構成の変化により十数年で一定数の人たちが住み替えていくような「汎用性が高く時間を経ても陳腐化しないデザイン」の住宅が欧米では一般的で、将来の不動産の流動性も含めて新築時にしっかりと計画しておくことが肝要だ。そうすれば欧米で見るような、美しい街並みと景観の住宅地を適切なコストで取得でき、中古になっても高く売却できるという「循環型不動産経済」が日本でも成り立つ。

 逆に下の画像のような典型的な日本の住宅地は、たとえ有名メーカーに注文で建築しても、30年も経てば間取りもデザインも陳腐化し、誰もその町並みを残したいとは思わないだろう。しかし地方に残る伝統的町並み保存地区だけでなく、神戸や横浜の異人街・洋館を残し、今でも現役で使えるように手入れをしたいと考える感情は実際には今も健在で、戦後70年間で忘れられてしまっただけだ。デザインと計画さえ提供できれば、技術は地元の工務店・大工・建設会社が持っている。

大手プレハブメーカーによる建築条件付き住宅地。土地の価格が高いため建築コストの抑制が求められ、緑もなく町並みの個性も失われている。

 

 ここで地方自治体の役目は、そのようなエリアを地域内で認定し、都市計画法に基づいて用途地域内に重ねて規制だけでなく緩和もできる「特定用途地区」の網掛けをすることだろう。行政しか出来ない政策で、地域住民に再開発の機運と期待感を高め、私的区画整理組合の設立や計画づくりに補助金を出すなどのインセンティブを提供、地域の専門家やプロ集団を束ねて、火災や自然災害などのリスクが高く、道路幅員が狭いために建替えも進まないような木造密集地区などを優先して着手していく。

 そのようなエリアは「2項道路」で指定されているから、行政はすぐに着手すべき地域の確認が可能だ。地元地銀などの住宅金融も、欧米の住宅供給に倣い「ノンリコース・ローン」といった、新時代のリスク分散を講じるなど、個人のみにリスクを負わせない持続可能な住環境の提供が大切だ。場合によっては自治体自身が土地所有者になって、リースホールドによって地価上昇の影響を抑制するといったスキームも考えられるだろう。実際に英国を始め、北欧の国フィンランドのヘルシンキ市など、「ウェルビーイング」の評価が高い都市では、土地を所有しない中間層の市民が、過大な住宅ローンに縛られず豊かな生活をエンジョイしている

 

ダブルスネットワーク株式会社 代表取締役 若本 修治(中小企業診断士)

 


●シアトル郊外のスラム街を再生した住宅地「ハイポイント」裏話

シアトル在住の建築家マシュー・コーツ氏。ジェントリフィケーションの事例として紹介した「ハイポイント」を計画立案した設計事務所から独立し、世界中で環境建築を設計している。2012年広島にも来訪頂いた。

 カーボン・ニュートラルな住宅地を計画するには、従来のようにコンクリート擁壁などの人工物で造成する発想を捨て、近自然環境の宅地をつくり育てるという、グリーン・ニューディール的な考え方が欠かせません。ドイツのビオトープのように、自然石に草木も生えた護岸に小川が流れ、小魚や小動物が暮らせるような生態系を再生するような宅地など、環境への影響を最小限にすることで、魅力ある住宅地を地元企業でつくりあげることが可能です。

 シアトル郊外に開発されたハイポイントという住宅地は、世界一の飛行機製造業ボーイング社のブルーカラー向け労働者社宅が、大量のレイオフで閉鎖され、廃墟の周辺で麻薬取引が行われるなどスラム化していました。HOPE6(ホープ・シックス)という住宅地再生計画により、TND計画が進められ、ゴルフ場を彷彿させるような公園や池の周りに住宅が配置されて、近隣を流れる川も浄化、昔のように鮎が川に戻ってきて産卵するような美しい環境を取り戻しました。現地で設計事務所の責任者から直接話を聞くことが出来、またその設計事務所を独立したマシュー・コーツさんは、大好きな日本を何度も訪れて、私も広島で再会することが出来ました。

 「郊外を開発して環境負荷を与えるより、すでに人間の暮らしのある既成市街地でこそ、投資する価値のある街づくり、住宅地にすることが、現代の建築家に求められている」という明快なメッセージを残してもらいました。画像は原爆ドーム前での記念撮影です。

 

英国レッチワースの「First Garden City Heritage Museum」見学の様子。左下の白髪姿の蝋人形がエベネザー・ハワード。世界で最初の田園都市はここからはじまったという記念博物館は木造軸組工法で茅葺屋根だった。

英国レッチワースの「First Garden City Heritage Museum」内部。左下の白髪姿の蝋人形がエベネザー・ハワード。世界で最初の田園都市はここからはじまった。
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