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若本修治の住宅コラム

2022.7.20 第185話

「相続税対策」を親世代(被相続人)が行うことの社会的副作用

 参議院選挙が終わり、今後3年間は国政選挙のない、現岸田政権にとっては政策運営がしやすい時代を迎えたと言われる。特に今回の選挙は、まだ現役政治家でもあり国政に大きな影響力を持っていた元総理が投票日直前に狙撃されて亡くなるという衝撃的な事件もあり、与党が大勝利を収めて、じっくりと社会課題に向き合う時間と国民の支持を得たと言ってもいいだろう。社会課題の大きなものとして、私は空き家問題を含めた個人の不動産価値が大きく下落する状況を解消することを挙げたい。

 

 今、空き家が全国で850万戸程度あるとされる中、毎年80万戸を超える「新築住宅が供給」されている。一方で「出生数」はこの新型コロナ禍で予想を大きく下回ったと言われ、2021年の出生数は速報で約84万人と発表された。この数字は、従来の国の推計よりも11年も早く、今年には80万人割れが実現しそうな勢いで減少している。逆に新築住宅は従来予測よりも下げ止まりして、今や生まれる赤ちゃんの数よりも新築住宅の供給数のほうが多いというのは異様な状態ではないだろうか。その原因は“強欲”なデベロッパーやハウスメーカーによる「分譲マンション建築」と、やはりハウスメーカーによる“相続税対策”で誘引される「アパート建築」だろう。

 

 2021年の建築着工統計を見てみると、新築の総着工戸数、約89万4千戸のうち『貸家』が約33万7千戸、『分譲住宅』22万4千戸のうち「一戸建ての建売り」と考えられる木造及び鉄骨造14万4千戸を引いた8万戸が、分譲マンションとして建築されたと計算される。新規着工の過半数近い41万戸あまりが分譲マンションと賃貸住宅、つまり「集合住宅」として供給されている。この集合住宅の用地(敷地)は、工場や店舗など大型施設の移転跡地もあるが、大半が個人の地主が“相続税対策”として、土地活用(=アパート建築)するか売却(=マンション建築)するかを迫られた結果供給された住宅だと見ていいだろう。

大手ハウスメーカーが提案する”賃貸経営に適した土地を所有していない資産家”向けの『分譲賃貸住宅』の事例。土地が5,542万円にアパート建築費1億5,720万円(合計2億円超!)が、土地は60%建物は38%に資産が圧縮され、相続税評価額では7,040万円、1億4,222万円も資産圧縮効果が生まれるとの触れ込みで営業攻勢をしていた。それだけ納税負担が減った上に、賃料収入が得られるというシナリオに、一般の地主では金銭感覚が麻痺するだろう。高齢の資産家は、地元銀行も勧める大手企業だからと安心して契約してしまっている。

 

相続発生のたびにいびつになった住宅供給と街並み

 

 人口や世帯数の増加と新築着工が連動して、需給バランスが取れた状態であれば、本来住宅の価格は物価の上昇や賃金アップに伴い、上昇するのが当然だろう。それは新築住宅に限らず、既存住宅であっても、その時代に求められる性能や機能が満たされていて、適切なメンテナンスが行われていれば、大きな値下がりはしないのは日本を除き、世界各国で共通している。中古住宅を購入し、経年劣化で傷んだ箇所を補修して現代の生活にリモデリングすれば、新築同然の価格で取引されるのが世界の常識だ。つまり過度な住宅余りの現象が生じない限り、住宅の資産価値は持続する。それは需給バランスが取れていれば、アパートの家賃が下がらず、場合によって上がるケースがあった昭和五十年代までを考えれば、日本の特殊性ではない。供給過多の住宅マーケットがいびつになり、日本だけが次第に住宅を「耐久消費財」のように扱いだしたのだと気づかされる。

 

 特に戸建ての注文住宅は入居した途端に価値が下がり、住宅ローンの返済よりも価格下落速度のほうが早いから、多くの住宅購入者が“事実上の債務超過状態”になって「資産デフレ」を起こしている。その額があまりに大きいことに多くの人たちは気づいていない。仮に税金の計算上22年の減価償却で資産価値査定が下がるとしても、2,500万円も負担した住宅が、年間100万円の住宅ローンを支払いながら、価値も100万円ずつ失っていたら、日本の中間層が貧しくなるのは当たり前だ。その原因の多くは、需要以上に供給される賃貸住宅や分譲マンションであり、マンションデベロッパーやハウスメーカーが自社の売上を確保するために、供給を止めることが出来ず、結果的に空き家・空き部屋を増産させている。

 

 土地自体の供給がなければ、建築を行うことは出来ないが、そこに日本の“相続税負担の大きさ”が援護射撃のように効いているのだ。つまり、先祖代々の土地くらいしか大きな資産を持たない地主にとって、自分が亡くなった後の相続税の大きさを営業マンに突きつけられ、何らかの対策を迫られた結果、土地活用によるアパート建築や売却しての現金化など、建築用に土地を差し出すというシナリオに乗せられてしまった。銀行や税理士までもが協力してセミナーを行うから、この「アパート投資や土地売却」という選択肢が最も家族に心配をかけず、当面の生活も豊かに暮らせると地方でも定着してしまった。産業のない人口減少が進む地域ほど、アパート経営は競合が少なく草刈り場になってしまっている。生前に入る賃料の魅力と、大きな借金でも不動産投資することで“資産が圧縮できて相続税支払いが大きく減る”との殺し文句で、数千万円から数億円の借金を投じさせるのだ。そのお金の殆どが地域の外へ流出していく。

広島市郊外で宅地造成されている大型団地。里山だったが、農業を続けられなくなった上に、周辺が開発が進み、地価の上昇から地主は土地売却をせざるを得なくなっている。市街化調整区域だったエリアが、大手ハウスメーカーしか契約できない『建築条件付土地』として間もなく売り出される。

 

相続後一定期間内の「相続人の投資」に、大幅減税したら・・・

 

 これまでの相続税対策(土地売却や賃貸経営)の意思決定は、ほとんどが現役で働いておらず、新しい情報にも触れる機会が少ない高齢者世帯だ。顔見知りのJA職員や地元銀行の渉外担当者、大手企業が開催する相続セミナーに参加し、営業マンから”有効な相続税対策だ”と説明を受けて説得されれば、中身や将来市場が分からないまま素直に受け入れて、結果的にその地域の住宅の需給バランスを崩している。それは自分たちだけでなく、その後も同様にご近所でも営業マンがローラー営業を掛けて土地活用を勧めるから、賃貸経営のライバルを増やすだけなのに、気づいていない。営業マンにとっては、息子のように接するだけで、取引が成立し感謝されるから、高齢者は美味しい商談相手だ。

 

 もし、今のように資産を持った高齢者(被相続人)が、亡くなる前に駆け込みのように相続税対策で貴重な資源・資産を営業マンに委ねるのではなく、亡くなった後の一定期間に故人の遺志も加味しながら、相続人が投資先や資産運用を考え、税額控除が行える制度に変えたらどうだろう。現在のように、不動産投資一編やりの“資産圧縮効果”ではなく、若い世代が考える未来の投資や地域への還元、人への投資などでも減税措置があるとすれば、より良い未来を作るためへの関心も高まり、閉塞した社会を変えることも可能ではないだろうか?もはや供給過剰で空室が出始めているエリアでのアパート投資は抑制され、例えば環境改善への「ESG投資」ベンチャー企業への出資など「成長産業育成」にもっと民間資金が投じられ、経済構造の転換に使われるかも知れない。そうなれば岸田政権が進めようとしている『資産倍増』も、iDeCoやNISAのような少額の投資マネーで得られるリターンや経済への影響よりも、はるかに大きなリターンが得られ、新しい社会構造への関心を高めることも可能だろう。大手のアパート営業の会社の年間売上がそのまま社会への投資に使われると考えるとイメージしやすい。

 

 まずは相続税を支払えるほどの資産家が対象になるが、その人達の土地やお金などの相続財産の使い道が変われば、日本はもっと未来志向の投資が行われるだろう。それが金融資産という『フロー資産』の増加と、住宅という『ストック資産』の増加という、個人にとって大きな額の資産が10年単位で倍増する社会(=資産インフレ社会)になれば、日本経済の潮目も変わっていくのではないだろうか?1990年前後の日本も、リーマンショック前の2006年前後のアメリカも、不動産価値が高まる「資産インフレ」によって、中間層も豊かさを感じてお金を使うマインドになり、実際に不動産の担保価値の上昇(=エクイティの増加)によって、借入枠も広がってレジャーや教育など、資産購入以外の支出も増えていった。過度な投資熱にならないようなバブル抑制策さえ講じれば、私たちはもっと豊かさを得られて、サステイナブル(持続可能)な社会を実現できるのではないだろうか?

もはや画像のような場所にアパート建築は不要で、将来空室になるのは必至なのに、現状ではそれに変わる有望な相続税対策がないため、多大な借金によって、次の世代への「資産の移転」が、将来の「負債の継承」になっていることに気づかない。

 

ダブルスネットワーク株式会社 代表取締役 若本 修治(中小企業診断士)

相続税対策が必要な資産家向けに、土地とアパートをセットにした『分譲賃貸住宅』投資を用意した大手ハウスメーカー。土地を持たない資産家などにも不動産投資による資産圧縮を狙ってアパート投資を商品化している。
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