2022.6.20 第184話
注文住宅と建売住宅、価値があるのはどっち?
この40年間、山を削り、郊外へ拡がってきた広島都市圏の大型団地も、そろそろ最終分譲が近づいてきた。ニュータウンと呼ばれた郊外の大型住宅地も、人口減少社会となり、このところの地価の上昇や建築費の高騰、通勤時間のロスや空き家の増加などもあって、かつての魅力を失い、もはやオールドタウンにまっしぐらだ。まもなく完売する新しい団地でさえ、住宅ローンを支払い終える頃には高齢者ばかりで空き家が増えていく未来の姿が目に浮かぶ。立地適正化計画やコンパクトシティの推進によって、既成市街地に多くの分譲マンションが建設されているのも、郊外団地の衰退と資産価値の逓減を加速化させている。
なぜ日本の郊外団地は、これほどまで魅力を失い、入居した途端に資産価値が落ちていくのだろう。今の時代、親たちが購入し、家族が楽しく過ごしたニュータウンに、大人になって戻ってきたいという子どもたちがほとんどいない。相続によって実家を譲ろうとしても喜ばない若者ばかりが増えている。日本は「土地神話」により、不動産だけが確実に資産価値が目減りしない現物資産だった。長期返済の大きな借金を背負ってでも、我が子に資産を残してあげたいという親の願いは、平成の30年間で見事に雲散霧消してしまった。結果的に、中古住宅としての価値はほとんどなく、空き家として個人にとっても社会にとっても厄介な存在になっていく。
日本にいると気づかないが、下の写真を見比べて欲しい。上段の画像は広島市郊外で分譲されたばかりの新しい住宅地。それぞれ個人が購入し、自分の好きなハウスメーカーで「注文住宅」を建てている。下段の画像は、分譲されて10年程度経ち、中古住宅が売り出され始めた米国シアトル市郊外の丘陵地の住宅地。デベロッパーが複数のホームビルダーにコンペさせて計画された「建売住宅」だ。並べてみると、どちらが10年後も魅力が続き、中古住宅の値段が下がりづらいか気づくだろう。ちなみに都心からの距離や立地条件は広島市の物件のほうが優位性が高い。
ローン返済期間と同じだけの資産価値維持のためには
日本の土地神話は土地のみに価値を見出し、建物は消耗品、耐久消費財扱いにしてしまった。本来は、更地ではそれほど価値のない「土地」を、どのような加工をするのか、知恵と経験と材料と手間をつぎ込んで、付加価値をつけた「住環境の創造」にこそ、その優劣によって価格差が付き魅力が評価されるべきだった。それには“単体の建物”ではなく、街並み景観や地域コミュニティ、しっかりとした維持管理によって通りの美しさが持続するハード・ソフト両輪によって、将来にわたってそこに住みたくなる人たちが次々と現れてくるような魅力づくりが欠かせない。欧米と日本に大きな差がついてしまったのは、デベロッパー側の意識だけでなく、住宅金融が果たす役割が大きかった。
欧米の住宅金融(住宅ローン)は「貸付をする住宅が、ローンの返済期間中にデフォルト(返済不能)になっても、差し押さえして中古市場で売却すれば、確実に貸出金が回収できるか」という審査を融資のプロが行い、その査定金額でしか融資しない。アプレイザルという不動産査定のプロを金融機関が雇い、融資金額の適正さや融資対象物件の将来価値の予測を様々な側面から行なって、将来の人口動態や地域経済の見通し、自然災害のリスクなどもシビアに評価する。だからデベロッパー側も長期的視点で建物を設計し、周辺環境も美しく維持出来るような仕組みを用意する。しかも「アフォーダブル」という“当該地域の市民の購買力で購入しやすい価格”でなければ売れないし、融資も下りないから、自ずと適正価格で売り出され、将来極端に値下がりすることはまずない。その目安は「年収の3倍」が貸出の上限となっている。住宅ローンが30年だとすれば、8年後でも15年後でも、30年後でも、適切なメンテナンスを行うことで、いつでもその時代のその地域に住む人達の年収の3倍前後の値がつくことを最初の分譲時に査定するのが金融機関の役目だ。住宅供給者、住宅購入者、金融機関のいずれも損をすることのない価格設定と美しい街並み環境の維持が、住宅地を持続可能な状態にしている。入居して数年で値上がりすれば、中古住宅の流動性も高まるのは当然だ。
一方日本では、金融機関が「土地にしか価値がない」として、建物や周辺環境は査定せず、住宅ローンを借りる本人の資力・与信力によって貸出金額が決まる。つまり「借りる時点の勤務先や年収」という“将来変動する支払い能力”が頼りとなるから、建物自体の性能や品質、将来の周辺地域の住環境の価値などは査定しない。建物は「減価償却」するという査定なので、将来デフォルトした場合に、土地の担保価値だけでは残債がカバーできず、保証協会(保証人)や団体信用生命保険などを融資条件として、貸金の回収を図る(=身ぐるみ剥がされ命まで担保に取られる)のが日本の住宅金融の実態だ。建物の価格が適切かの判断基準もないから、住宅会社の値付け(言い値)のまま融資を行い、年収の7~8倍でも審査を通している。だから日本の住宅は、米国のホームビルダーによる建売住宅のように、住宅会社側が設計費用や建築費を自ら負担し、市場ニーズに合わせてデザインや仕様、価格など、消費者に選ばれるためのマーケティング調査や経営努力を行うことなく、土地だけを押さえて『建築条件付き宅地販売』として、注文住宅を建てさせることが主流となっている。そこには米国のアプレイザル(住宅金融)やインスペクション(建物調査)のような売り手側以外のプロのチェックは入らない。
日本では「建売住宅は安かろう悪かろう」のイメージが定着し、注文住宅が当たり前の社会になっているが、そろそろ認識を改めたほうがいいだろう。日本の注文住宅は、ファッション業界のようにプロの審査員・評論家から選ばれたトップデザイナーが、注文者の要望や体型、流行の先端などを加味して素材やデザインを選び、プロからも高く評価される「オートクチュール」どころか「プレタポルテ(高級既製服)」でさえなく、素人同然の営業マンや、入社数年で間取りを作成するプランナーが、プラン集の中から見様見真似でCADで作図したヘンテコなプランでも、施主が納得すればそのまま建てられてしまうのだ。それは間取りだけでなく外観や屋根形状を含め、周りとの調和や街並みとしての美しさなどは一切考えず、単体として施主が満足できればそれでいいと建てられている。適正な建築費であるか、性能は20年後でも一定水準をクリアできているか、誰も評価も査定もしないまま、言い値の建築費で住宅ローンの返済をしていくから、将来中古住宅市場で適正な価格で誰も買おうとしないのは当然だろう。
ダブルスネットワーク株式会社 代表取締役 若本 修治(中小企業診断士)