2012.5.15 第72話
デフレを克服する処方箋
よく「物価は経済の体温」という表現をされ、日本経済が立ち直るためには「デフレ克服」、つまり『物価の上昇』が欠かせないという論調がニュースでよく取上げられている。経済成長のためには「消費者物価を上げることが必要」だという主張に基づいて、物価上昇率に目標数値を設ける『インフレターゲット』が、デフレを克服する特効薬だと政財界の重鎮たちは考えているようだ。
しかし、我われ一般市民・消費者が、日々購入するモノやサービスの値段が上がっていくことを歓迎するだろうか?日本経済のためよりも、日々の暮らしのほうが大切ではないだろうか?しかも、すでに家の中には家電製品からファッションまでモノで溢れ、不要なものを捨てる『断捨離』や整理・収納がブームになっていて、よほど必要なものしかお金を使わない時代に突入している。
建築の話に戻ると、室内温度が同じ温度でも、壁や床などの室内の表面温度によって『体感温度』が異なるというのは良く知られた現象だ。真冬に大きな窓ガラスから冷気を感じると、たとえ室温が24℃あっても寒く感じる。仮にガラスの表面が8℃であれば、冷輻射によって体の熱が奪われ体感温度は室温とガラスの表面温度を足した平均値、つまり16℃くらいに感じるという。夏に関しても同様だ。
寒いからといって、エアコンで室内を暖めれば暖めるほど、窓まわりから「コールドドラフト」が発生し、足元は寒くなる。天井付近の温度と床面の温度差が広がり、例え室温が20℃を超えていても、寒さは増すばかりだ。コンクリート打ち放しの建物などは、まさに壁全体が冷輻射となり、いくら暖房をしても膝や下半身が冷えてどうしようもない。そんな経験をした方も少なくないだろう。
この暖房効果は景気刺激策で補助金や金利・税制優遇でお金を使わせ、雇用の流動化を加速させてでも、成長を維持しようとしている日本経済と似ていないだろうか・・・?
▼デフレの本当の原因とは
経団連のシンクタンクが出した2050年の各国のGDP予測は衝撃だった。
2010年に中国に抜かれて3位に落ちた日本が、40年後にインドに抜かれて4位ということは、インドの人口増や経済発展をみても誰でも予想がつくこと。問題は順位ではなく、GDP自体の絶対値の伸び。EU主要国のイギリスやフランスでも40年間にGDPが1.5倍程度伸びているのに、日本は伸びるどころかわずかながら数値を落とすという予測だ。人口増が激しい新興国が伸びるのは理解できるが、日本の数字は人口問題だけでは片付けられない。
デフレの原因として「景気の波」や「人口動態(労働生産人口の増減)」が論じられる。確かにそれも大きな要因だが、私は国民が持つ資産が長期的に増加するのか、それとも長期的に減少(低下)するのかが、もっと大きな影響を及ぼしていると思う。これは意外と論じられていない「盲点」だ。
長期に亘って資産価値が増えれば「購買意欲」という国民の体感温度は上昇し、消費も活発になるだろう。ヨーロッパの主要国は、住宅を長期に所有すれば資産価値が高まるから、将来のGDPも成長予測が当然だ。日本でもバブル景気はまさに資産の増加によって消費が活発化した。逆に、住宅のように多くの国民が所有する資産価値が、長期に亘って下落すれば、将来不安は増大し、財布のひもを締めて自己防衛をするのは必然だ。
土地や住宅などの「不動産」は、多くの場合長期のローンを組み、金利を負担して返済する。借金をして金利を支払いながら、確実に資産が目減りする現状は、まさに「体温を奪われている状態」に他ならない。その証拠に、小泉内閣時代、2002年から始まった「いざなぎ景気を超えた」戦後最長の好景気は、多くの人が経済成長を実感できなかった。日本の将来のGDPは今のままでは下がるのが当然といえよう。
▼住宅取得とは、本来『人生最大の資産形成のチャンス』
アメリカやヨーロッパでは誰もがこのことを常識として考えている。住宅は長く保有していると、安定的に上昇するのが世界の常識だ。だから住宅地は資産価値が高くなるような景観やロケーションが大切にされ、街並みは美しくしっかりと手入れもされる。中古住宅の売買が活発なのも、優良な住宅地が数多くあるからだ。
しかし、日本では住宅を取得すると、ほぼ確実に資産価値が目減りする。将来値下がりしていく資産に多大な金利を支払い、しかも固定資産税などの保有コストも負担しているのだ。
勝手気ままに開発され、統一感のない街並みは、中古住宅に優良な物件があるはずもなく、ローン残債よりも安くしか売れない。これが現在の日本の実態だ。
このように、「熱を奪われ続けている状態」で、成長戦略やインフレターゲットなど、政治家や経済評論家、金融のプロがいくら叫ぼうと、国民の消費意欲が高まることはない。しっかりと貯蓄し、住宅を購入する負担能力に達した「経済力ある恵まれた人たち」が、住宅取得後に熱を奪われる状態が続けば経済が疲弊するのは当然だろう。
一方で『経済の成長戦略』として企業向けの支援策を手厚く講じ、成長産業へ投融資しようとも、オールジャパンで応援したDRAM製造の「エルピーダメモリー」が破たんするほど、経済や競争はグローバル化している。パナソニックやソニー、シャープなど国際競争力のある企業でさえ、数千億円レベルの赤字で苦しんでいるのが、日本の現状だ。
自然エネルギーや再生可能エネルギーをはじめ、環境ビジネスや福祉ビジネスも、雇用の創出や経済の活性化には程遠く、今は元気なベンチャー企業だとしても、近い将来、投資が紙切れになるリスクは常に背中合わせの状態だ。実際にドイツのソーラー発電最大手『Qセルズ』が2012年4月に経営破たん、アメリカでは米エネルギー省から410億円の融資保証を受けた太陽光パネルメーカー『ソリンドラ』も2011年8月末、連邦破産法を申請した。円高要因やヨーロッパ危機などの影響もあるが、むしろ国内の消費意欲の減退が大きく、今のままでは消費が回復する見込みは描けない。
▼将来への確実な投資とは
残念ながら、環境変化の激しい今の時代、成長産業を見つけ、長期に亘って成長軌道に乗せるのは容易ではない。1つの成功企業の裏に、数倍~数百倍の失敗・撤退企業が市場から姿を消していくのが実態だ。そのリスクを十分知る投資家が、損失覚悟で投資や企業育成を支えるのは歓迎するが、行政がそのようなリスクを評価し、補助金等を出すべき時代ではなくなった。東京都の石原都知事の肝いりで設立し、数年で破たんした『新銀行東京』も記憶に新しい。
政策誘導や法整備(規制緩和)など、新しいアイディアが実行しやすい環境をつくること、儲けたお金を再投資できるように税金の還付をするなど、「アイディアに金を出すのではなく、行動につながる支援をする時代」だ。さらに言えば、市民の貴重な税金を集めた「限られた財源」は、より長期に亘って地域経済に好影響を与え、確実に税収増につながる政策に絞り込み、実行に移す時代に来ている。
それは、欧米のように多くの人たちが「住みたい」と思うような街づくりとコミュニティの復活だ。
区画整理をはじめとする、街の再開発による新しい街の景観の創造と資産価値向上は、人々の体感温度を高め、エネルギー消費の問題から交通問題、孤独死、自転車事故、通学路の自動車事故、子育て支援や介護福祉など、数多くの社会問題を解決するチャンスも眠っている。
より経済的負担能力の高い人たちが住みたい街になっていけば、不動産価格は上昇し固定資産税も増加、街の魅力がアップすることで人が集まるという好循環が生じてくる。新たに何かを発明する必要も、技術シーズや顧客ニーズを探す必要もなく、欧米の優れた開発事例を謙虚に学び、行政や地元企業挙げて取り組めば、とても確実性の高い将来への投資となるだろう。成長産業への投資よりも、人は豊かさを感じ、その効果は長期に亘って持続する。まさに「サスティナブルシティ(持続可能な都市)」の実現が可能となる。
ダブルスネットワーク(株) 代表取締役 若本修治(中小企業診断士)