2019.10.20 第160話
不動産仲介業の「囲い込み」と「両手仲介」を考える-その3
前回に引き続き、日本の不動産業界でいま行われている『両手仲介』における”背任行為”について詳しくみていきたい。前回も説明したが、両手仲介自体は違法ではなく、双方の依頼人から信頼されてお互いが条件に納得、トントン拍子に取引が成立すれば、利害関係者すべてが『Win-Winの関係』となる。スムーズな取引で手間暇が掛からなかった分、仲介手数料を割引してあげれば依頼者はより喜ぶだろうが、手数料が法令の上限以内であればもちろん合法だ。
しかし今、大手不動産業者を中心に行われている『両手仲介』は、その多くが「自社が専任媒介契約を結んだ3か月では売れないだろう」と分かっていても、意図的に地元の不動産業者の査定よりも高めの「売却予定額」を提示し、とにかく”他社はその不動産物件を扱えない”ように、専任媒介契約を結ぶのが常套手段だ。
実際には、地元不動産業者のほうが、その地域の不動産価格の推移や購入者の属性、相場観などは熟知している。
例えば「この地域で土地が坪30万円を超えたら、急に問い合わせがなくなる」とか「建売でも3千万円まで」といった、”値ごろ感のある価格帯”を外すような値付け査定は基本的には難しい。仮にそんな広告を地元業者が出していたら、これまで取引したお客さんから信用を失い、数か月間売れずに値下げをしていることが分かれば、売る力のない不動産業者だというレッテルも貼られかねない。だから地元業者は、依頼者が早く売却できるよう”安過ぎず”値ごろ感のある査定をするのが良心的な不動産業者といえる。
一方で、前回も書いた通り不動産を売却したい依頼主は、現在よりも土地が高かった頃の価格も知っており、地価下落も止まったと報道されていることから、少しでも高く手放したいと思っている。そんな時に大手不動産会社の「売却チラシ」が自宅に入っていると、全国で取引事例があり、情報力や査定能力が高くてプライバシーへの影響が少ないと思われる大手にも相場観を確かめてみようと問合せしてみるのも自然だ。問合せする精神的ハードルは低く、断りやすい印象も背中を押す。
同じ不動産物件で500万円の査定の差が出たら・・・
仮に80坪の古家付き建物を、地元の不動産業者が建物込みで坪28万円、2,240万円で売却額を査定したとしよう。そこに大手が土地を坪32万円、建物は200万円として、2,760万円でもお客さんはいるだろうと査定したら、その価格差520万円は売主にとってはかなり大きく、安い会社を選ぶ理由はなくなるだろう。しかし地元の相場観として、土地が坪30万円を超えなければ売れやすく、また2,500万円以上になると割高感があれば、大手の査定では当面反響はないのが実際の不動産マーケットだ。とはいえ、売り主とすれば「大手であれば、大企業勤務や自営業などの優良顧客もいて、営業力もあるから、強気の値付けが出来るのだろう」と考えがちだ。教育された営業マンから、3か月間は他の不動産業者に依頼できない『専任媒介契約』を勧められれば、自分が直接負担するお金もないから、任せてみようと考えるのも無理はない。しっかりと広告もして、複数いる営業マンが自分の物件を売る努力をしてくれるものだと期待するだろう。しかし、営業マンは「そんな高値で売れるわけはない」と知っているから、売りやすい価格に下がるまでは放置する。大手は仕入れ側(売主探し)の営業マンと販売側(購入者探し)の営業マンは別組織だということも少なくない。
このような状況を、業界では『物件の囲い込み』といい、3か月間様々な不動産ポータルサイトで物件表示をして、放置する”たなざらし状態”にするケースがほとんどだ。近隣の同様な条件の不動産物件よりもかなり高いから、ネットで比較をされれば問合せが少ないのは当たり前だ。しかし個人の自宅用として購入する不動産であれば、収益性は考えず、通勤や環境などを考えて、多少割高でも希少物件であれば問合せの可能性もある。だから、個人からの購入希望者のみ問合せを受付け、個人から購入物件探しを依頼された不動産業者であれば「いま、商談中なので」と、全く商談がなくても断るというのが、依頼者に対する”背任行為”となっている。個人であれば、自社が買い主側の仲介業者にもなれて『両手仲介』が得られるが、業者が入ると片手しか得られないからだ。
このような実態は、週刊東洋経済などの経済紙でも取り上げられたが、なかなか表面化しないのは、売り主でも背任行為だと気づいていない人が多く、買い手側には何ら負担増も被害も生じていないから、社会問題化することもない。このような「物件の囲い込み」をされたケースの多くは、3か月経って「いったん値段を下げて様子見をしませんか?」と勧められて、専任媒介契約を更新し、結果的に当初地元不動産業者が査定していたくらいの金額に収まるということが着地点となる。片方のみの仲介であれば、時間をかけて1~2割の物件価格低下になれば、仲介手数料も下がるが、両手仲介になれば、下がっても仲介料が倍になるから、値ごろ感になるまで放置(=たなざらし)出来るのだ。
そのようなことを自社の儲けのために”意図的に”やっているケースが多いから、不動産業界は信頼されず宅地建物取引主任者が「宅地建物取引士」という”士業”とされても、倫理観の高い顧客志向の人たちは限られている。ズルをしたほうが儲けることが出来、よほどでなければ詐欺や不法行為で訴えられることはない。恐らく大手が率先してこのような手口を見つけ、自社利益の最大化にまい進している。それは上場している不動産会社のIR(投資家向け経営情報の公開)で、利益率から誰でも知ることが可能だ。
恐らく、両手仲介の場合の仲介手数料の上限を改正し、例えば「片方からは3%+6万円の仲介手数料が得られるが、双方からであれば2%を上限とする」といった手数料体系になれば、もう少し状況が改善出来るのではないだろうか?両手仲介を禁止すれば業界からの抵抗は大きいが、両手仲介で増える仲介手数料が3%(=トータル6%)ではなく1%(=トータル4%)に下がれば、出来るだけ適正な価格で早く取引成立させたほうが賢明で、顧客にも喜ばれるというインセンティブも生まれるのではないだろうか・・・?