2022.3.20 第182話
地方都市圏における地価上昇のメカニズム
新型コロナによるパンデミックも3年目に入り、日本経済は疲弊、リモートワークも定着して、多くの社員を抱える大企業も、都心部に広い事務所を構える必然性が薄くなっている。また日本経済を支えてきた製造業も、大気汚染や土壌汚染、交通渋滞や騒音などにより、都心部からの移転も相次いだ。人口減少社会の到来や経済のソフト化となれば、本来土地の需要は減退し、地価は少しずつ下落していくのが当然だった。しかし最近報じられた2022年1月1日時点の公示地価は全国平均で2年ぶりに上昇、地方都市でも政令市などは住宅地も上昇しているという。
私は以前から「将来的に土地需要が減退するから、土地価格は長期的に下がっていく」と言い続けてきた。更地の土地自体の価格は長期的に下がっていくことが望ましく、そこに長期的にニーズのある建物を建てることではじめて土地の付加価値とエリアの魅力が高まり、個人が所有する不動産の資産価値が持続することが望ましい社会だ。ちなみに米国など先進国は土地と住宅の価格比は概ね1:3程度、つまり建物が3千万円だったら土地は1千万円程度のバランスが一般的だ。大切なのは「その土地の使い方が、所有者のみならず将来にわたり他の人がその物件を取得したくなる」という高い需要が見込めるような土地利用だからこそ、経済状況が悪くても、その物件の価値は持続するというのが本来、不動産が持つ資産価値だった。空き家の増加や工場が撤退するような土地は、すでに“需要が失われてしまった”不動産であり、値が下がるのが経済原則だろう。それは利用価値が低下した公有地なども同様だ。
地価上昇の元凶「マンションデベロッパー」の土地取得競争
ちょうど3年前、2019年3月のコラムに『日本の不動産市場は「椅子取りゲーム」か「花見の場所取り」か?』と地方の平均地価の上昇について、その理由を解説した。
https://cms-hiroshima.com/answers/column/153/
ここでは「限られたパイ(まともな立地・形状の土地)を奪い合う状態が続いている」から、需要全体は減少傾向でも魅力ある物件の供給が極端に少ないことで地価上昇に至っているとの見立てを紹介している。あくまで個人の住宅取得希望者と、戸建て分譲用地を安く仕入れたい建売業者の2者が競合相手として“地価上昇は一時的な現象だ”と論じた。
しかし現在進んでいる地価上昇は、3年前に書いた理由とは別のメカニズムが働いているようだ。高さ制限が10m未満の低層住居地域では、もはや戸建住宅用地として開発しやすい土地自体が少なく、一部は価格が高止まりはしていても、全体の平均地価を上昇させるほどの取引量も取引額も望めない。むしろ土地価格に影響を及ぼすのは、周辺よりも割高であっても、その投資に見合う収益性が見込まれる事業を営んでいる法人が、競い合って買い物件を探しているエリアが点在する都市だ。そこで今、最も購買意欲のある業種・業態は、分譲マンション販売のデベロッパーだ。
以前は、都心や郊外の商業立地を中心に大型小売業やテナントビル、飲食店などが旺盛な出店意欲を示し、特に食品スーパーやドラッグストア、携帯ショップやコンビニが次々と新店をオープンさせていた。また新型コロナ禍の直前まで、シティホテルや民泊施設など、インバウンド客に対する宿泊需要も拡大し、利便性の高い場所でのまとまった土地は、奪い合うような状況で地価が高騰していた。たとえ人口自体は伸びていなくても、一定の人口を抱える政令市などでは、世帯年収から換算される住宅ローン支払いに一定の限度がある個人客よりも、事業規模拡大を目指す法人のほうが、不動産購入意欲は大きい。なぜなら、投資額も膨らんだとしてもライバル企業とのシェア争いもあり、無理してでも不動産物件を先に押さえることで競争優位に立とうというインセンティブが働いていたからだ。
しかしテナントビルやホテル、オフィスビルにしても、高値で土地を取得しても賃料や宿泊料は近隣の競合施設と大きな価格差は出せず、10年程度で投資を回収できることはまずない。しかも建築費自体が高騰し、建物完成後も事業運営のために人の雇用が不可欠なビジネスは、数年後に単年度黒字を達成しても、累積赤字の解消には長期を要する。その間に、大きな自然災害や、今回のようなパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻のような世界を揺るがす紛争などで、経済がマイナス成長をすることさえ想定し、投資に慎重にならざるを得ないのが現在の市況だろう。新型コロナのパンデミックと、ECサイト(ネット通販)の拡大、そして消費者自身の行動変容や、人口減少を含めた長期的な購買力減退も、土地を購入してまでの新規施設建設には大きなリスクを負わなければならない社会環境になってきた。カーボンニュートラルなど、環境負荷低減への投資まで含めると、将来容易に投資が回収できるとは思えない時代だろう。
商業地も住宅地も、マンションデベロッパーが最強の購入者!
容積率が300%を超えるようなエリアで、前面道路が一定の広さがあって、近隣の土地をまとめると300坪を超えるような不動産は、現在その土地に何が建っていても、最も有望な買い手はマンションデベロッパーだ。適正な価格も分からず、情報リテラシーの低い一般消費者は、格好のターゲットとなる。なぜなら、マンションのような集合住宅は、戸建てに比べて数倍から十数倍の人数の購入者が、共同で土地を所有するため、相対的に地価の負担額が抑えられる。建物の持ち分は「区分所有」で、駐車場代や管理費、長期修繕積立金などは別立て、住宅ローンの返済額では見かけ上、戸建てよりも小さく感じるのは当たり前だ。だからデベロッパーは誰よりも高値で土地を購入できる。
分譲マンションは、竣工1年後には“新築として販売できなくなる”ため、建築着工したくらいから販売がスタートし、完成1年後には8割程度の部屋が契約締結済みという販売スケジュールを組む。その時点で、すでにデベロッパー側は土地の購入代金と建築費はほぼ回収していることになる。それが分譲マンション建築への投資だ。残りの2割の部屋は全て会社の利益になるから、完売まで2~3年かかったとしても、他の用途のビル建築投資と比べれば、圧倒的に事業リスクが少なく、1棟あたりの売上げボリュームは大きく販売効率も高い。だからデベロッパーに融資をする金融機関も土地情報を積極的に提供、戸建てを手掛けてきたハウスメーカーも、多くは分譲マンション用の土地を取得し、マンションを販売することで、戸建ての収益減をカバーするというマッチポンプが成立している。
首都圏では、大手製鉄会社や化学会社の不動産子会社まで分譲マンション事業に参画し、中国地方ではJR西日本や電力・通信などのインフラ企業まで、マンション分譲で得られる売上の魅力に取り憑かれ、土地の仕入れ合戦に参入している。現在の地価上昇は、このようなメカニズムによって高値となっているが、結果的に少し古くなった都心部の賃貸マンションの空室や、高齢化が進む郊外の住宅から都心のマンションに移り住む家族の増加による空き家の増加など「地方都市の崩壊・衰退を加速化」する方に働いているといっても過言ではない。プライバシーとセキュリティ重視の分譲マンションは、自治会の参加率も低下させ、行政が目指す都心の賑わいには残念ながら貢献はしないだろう。だから「空き家率・空室率」を指標とした、土地利用計画や都市計画の立案が、自治体経営に求められている。
ダブルスネットワーク株式会社 代表取締役 若本 修治(中小企業診断士)